製品開発におけるセンサー選定では「精度」「消費電力」「サイズ」「環境耐性」といった複数の要件を同時に満たす必要があります。特に近年は環境変動の大きい場所や省電力動作が求められえるアプリケーションが増え、従来方式では要件を満たしきれないケースも少なくありません。
60GHzミリ波センサーは、暗所や悪天候といった環境条件に強く、距離測定から微小動作検知まで幅広く対応できる方式として注目されています。しかし、ミリ波センサーにも複数の検出方式が存在し、方式選定を誤ると消費電力や運用面で課題が残ることがあります。
本稿では、Acconeer AB(以降Acconeer社)が提供する60GHzミリ波センサーIC「A121」に採用されたPCR(Pulsed Coherent Radar)方式に着目し、他方式との比較を通じてその技術的特徴と選定ポイントを解説します。
なぜミリ波センサーが選ばれているのか
従来広く使われてきたセンサー方式には、それぞれ固有の制約があります。赤外線(IR)は光環境や温度変化の影響を受けやすく、カメラはプライバシー配慮と画像処理負荷が課題となります。超音波は風や温度変化の影響を受けやすく、静電容量は水分や湿度に弱いといった特性があります。
一方、ミリ波センサーは電波を用いるため、暗所・逆光・煙・悪天候といった環境変動の影響を受けにくく、安定した検知が可能です。さらに、非金属材料を透過できる特性を活かし、存在検知・距離測定・微小動作を単一センサーで実現できます。
このような特性から、ミリ波センサーはIRや超音波の代替として、また複数方式を統合するハイブリッド構成の一部として採用が進んでいます。
ミリ波センサー
赤外線センサー
カメラセンサー
図1 様々なセンサー方式
表1では、主要なセンサー方式を「環境耐性」「測定精度」「動作原理」「特徴・課題」といった評価軸で比較しています。
表1 主なセンサー方式の比較
| 項目 | ミリ波 | 赤外線(IR) | 静電容量 | 超音波 | カメラ | 磁気 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 動作原理 | 電波の反射時間・位相差を解析 | 反射光・放射光の強度を検出 | 電極間の静電容量変化を検出 | 超音波の反射時間を計測 | 画像を取得し解析 | 磁界の変化を検出 |
| 主な用途 |
距離測定 存在検知 速度検出 微小動作検知 |
物体検知 温度検知 動作検知 |
近接検知 接触検知 液面検知 |
距離測定 存在検知 |
物体認識 動作認識 | 金属位置検出 |
| 測定精度 | ◎(mm級) | ○~◎(対象物材質に依存) | ◎(mm級) | ○(cm級) | ◎(解析アルゴリズムに依存) | ◎ |
| 環境耐性 | ◎ | ○(光環境・温度の影響あり) | ◎(水分に弱い) | △(風・温度の影響大) | △(暗所・悪天候に弱い) | ○ |
| 測定距離 | 短距離~長距離 | 短距離 | 短距離 | 短距離~中距離 | 中距離~長距離 | 短距離 |
| 特長 |
・悪天候に強い ・非金属を透過可能 ・微小動作検知が可能 |
・低コスト ・低消費電力 | ・微小変化に高感度 |
・構成が容易 ・低コスト |
・多くの情報を取得可能 (後段のAI処理が重要) | ・汚れや水の影響を受けにくい |
| 課題 | ・低反射素材は検知しにくい | ・窓材が必要 | ・温度・湿度の影響を受けやすい | ・環境依存性が高い |
・処理負荷が高い ・プライバシー配慮が必要 | ・金属以外は検知不可 |
ミリ波センサーは、暗所・逆光・悪天候といった環境変動の影響を受けにくい点に加え、距離測定や微小動作検知において高い精度を発揮します。こうした特性から、単一方式では要件を満たしにくくなっている近年のアプリケーションにおいて、ミリ波が幅広い用途で採用されている理由を理解しやすくなります。
ミリ波センサーが有力な選択肢であることは理解しやすい一方で、用途に応じてどの検出方式を選ぶかについては、もう一歩踏み込んだ整理が必要になります。
次章では、従来のミリ波センサーの技術とAcconeer社独自のPCR方式を整理します。
ミリ波センサーにおける代表的検出方式の特徴と限界
ミリ波センサーが注目される中で、用途に応じた性能を引き出すためには、内部で用いられている検出方式の違いを理解することが重要です。
ミリ波センサーにはいくつかの代表的な検出方式があり、それぞれが異なる強みと制約を持っています。
-
FMCW(Frequency Modulated Continuous Wave)方式
周波数が連続的に変化する連続波を送信し、その反射波を解析することで距離と速度を同時に高精度で測定できる方式です。車載レーダーをはじめとする用途で広く採用されており、豊富な情報量を得られる点が特長です。一方で、信号処理が複雑になりやすく、消費電力が比較的高い点や、多台数同時運用時の干渉対策が設計上の課題となります。
出力電波イメージ
用途例: 衝突防止
図2 FMCW方式 利用イメージ
-
パルス方式
短時間のパルス信号を送信し、その反射時間から距離を測定する方式です。長距離測定や高速移動体の検知に適しており、送信と受信を時間的に分離しやすい利点があります。ただし、距離分解能はパルス幅に依存するため、高精度化には高速な信号処理やハードウェア設計が求められます。また、距離要件によっては送信エネルギーが増加し、平均消費電力が高くなる場合もあります。
出力電波イメージ
用途例: 高速移動体検知
図3 パルス方式 利用イメージ
-
CW(Continuous Wave)方式
一定周波数の連続波を送信し、主にドップラー効果を利用して速度や動きを検出する方式です。回路構成が比較的シンプルで、速度検出に特化した用途に適しています。一方で、距離測定ができない、複数物体の分離が難しいといった制約があります。
出力電波イメージ
用途例: 速度検出
図4 CW方式 利用イメージ
このように、従来の検出方式はいずれも特定用途において有効である一方、消費電力、信号処理の複雑さ、多台数運用、近距離での高精度検知といった点ではトレードオフが存在します。
特に、人感検知や存在検知などの近~中距離用途では、「高精度を維持しながら消費電力を抑えたい」「複数センサーを近接配置したい」といった要求が顕在化してきました。
こうした背景を踏まえ、次章では、これらの課題に対応するために開発されたPCR方式について解説します。
PCR方式とは何か ― 省電力と高精度を両立するアプローチ
PCR(Pulsed Coherent Radar)方式は、こうした従来方式の特徴と課題を踏まえ、省電力と高精度の両立を目的として設計された検出方式です。Acconeer社が独自に開発した方式であり、パルス方式とコヒーレント方式の利点を組み合わせています。
PCR方式では、短い連続波のパルス列を周期的に送信し、その反射波を解析します。連続送信を行わないため、FMCW方式と比べて送信Dutyが低く、平均消費電力を抑えられる点が特長です。一方で、反射波の位相情報を用いることで、距離や微小な動きに対して高い分解能を得ることができます。
図5 PCR方式出力電波イメージ
PCR方式の主な特徴は、次の4点に整理できます。
-
低消費電力
送信時間を必要最小限に抑えることで、平均消費電力を低減できます。 -
高精度
60 GHz帯の高い時間分解能と位相解析により、mm級の距離分解能を実現します。 -
微小動作検知
位相差解析により、呼吸やわずかな動きといった微小動作の検知が可能です。 -
多台数同時運用
送信Dutyが低く干渉が起きにくいため、複数センサーが近接する環境でも安定した動作が期待できます。
これらの特長から、PCR方式は近~中距離用途において、高精度を維持しながら消費電力や運用面の制約を抑えたいアプリケーションに適した方式といえます。
表2では、PCR方式とFMCW方式、パルス方式、CW方式を、「動作原理」「得意領域」「消費電力」「多台数運用」といった観点で比較しています。各方式の位置づけを俯瞰することで、PCR方式がどのような用途を想定して設計されているのか、また従来方式と比べてどの点に強みを持つのかが理解しやすくなります。
表2 ミリ波センサー検出方式の比較
| 項目 | PCR | FMCW | パルス | CW |
|---|---|---|---|---|
| 動作原理 | 短い連続波パルス列を送信し、反射波の時間・位相を解析 | 周波数が連続的に変化する連続波で距離・速度を解析 | パルス信号の反射時間から距離を測定 | 一定周波数の連続波を送信しドップラー成分を解析 |
| 得意な用途 | 近~中距離の人感検知 存在検知 微小動作検知 距離・速度計測 | 衝突防止 距離・速度計測 人感検知 | 長距離測定 高速移動体検知 | 速度検出 モーション検知 呼吸・心拍計測 |
| 距離分解能 | ◎(mm級) | ◎(高分解能) | ○(パルス幅に依存) | △ |
| 速度計測 | ◎ | ◎ | ○ | ◎ |
| 平均消費電力 | ◎ | △ | ◎(長距離用途では○) | ○ |
| 多台数同時運用 | ◎ | △(自他識別が難しい) | △(同期ずれによる干渉) | △ |
| 主な特長 | ・低消費電力と高精度を両立 ・微小動作検知が可能 ・多台数運用に強い | ・高精度な距離・速度計測 ・情報量が多い | ・高速移動体に強い ・送受信分離が容易 | ・回路構成がシンプル ・速度検出に特化 |
| 設計上の課題 | ・遠距離測位には不向き | ・信号処理が複雑 ・消費電力が高い ・干渉対策が必要 | ・距離精度がパルス幅に制約される ・高速回路設計が必要 | ・距離測定不可 ・複数物体の分離が困難 |
Acconeer社A121 ― PCR方式を実装した60GHzミリ波センサーIC
図6 A121(アンテナ内蔵BGA) 出展:Acconeer
Acconeer社のA121はPCR方式に基づく60 GHzミリ波センサーICです。
A121の特徴は、「高精度・広範囲測定」「低消費電力」「小型統合パッケージ」の3点に集約されます。
高精度・広範囲測定
60
GHz帯を用いることで時間分解能が向上し、mm級の距離精度を実現します。さらに位相解析により、相対的な微小変位の検知も可能です。
Profile設定によってパルス持続時間と形状を調整でき、近距離高分解能から最大約23
m(条件依存)までの測定に対応します。
低消費電力
連続送信時間が短く、非送信時間が長いため、連続波方式と比べ消費電力を大幅に低減できます。
加えて、複数の電力管理モードを備えており、測定頻度に応じた消費電力最適化が可能です。
表3 A121の電力管理モード
| 電力管理モード | センサーの状態 | 消費電流(VDIG) | 復帰時間 |
|---|---|---|---|
| Ready | 測定時の状態 |
大きい (58.1mA)
| 短い (0s)
|
| Sleep | 簡易スリープ状態 | ||
| Deep Sleep | スリープ状態 | ||
| Hibernate | 休止状態 | ||
| Off | 停止状態 |
小型統合パッケージ
ベースバンド処理部、RFフロントエンド、アンテナを単一パッケージに統合しており、外部アンテナ設計が不要です。
パッケージは5.5 × 5.2 × 0.88
mmの小型BGAフォームファクタを採用しており、筐体制約の厳しい製品にも組み込みやすい設計が可能です。
A121の評価ボードとソフトウェアツール
本章では、初めてA121を評価する方向けに、評価ボードの選び方とソフトウェア評価ツール(Exploration Tool:AET)の基本操作を紹介します。
評価ボードの選び方
Acconeer社では、A121を評価するための評価ボードとして、用途に応じた複数の選択肢を用意しています。評価の目的や開発フェーズに応じて、適切な構成を選択することが重要です。
- XE121評価ボード (A121)
図7 XE121 Evaluation Board (A121) 出展:Acconeer
XE121は、A121センサーICを1個搭載した評価ボードです。
本ボードにはMCUが搭載されていないため、XC120(コネクタボード)やRaspberry Pi、STM32 Nucleoボードなどの外部コントローラーと組み合わせて使用します。
PCとの接続時には、XC120を介してUSB接続を行い、AETによる評価が可能です(※Nucleo使用時はAET非対応)。
また、オプションとして最大4枚までのXS121サテライトボードを接続でき、複数センサー構成の評価にも対応します。
XE121は、自社でのモジュール化や複数センサーの一括制御を検討している場合に適した構成です。
図8 XE121評価ボードの組み合わせ 出展:Acconeer
- XE125 評価ボード (XM125モジュール)
図9 XM125モジュールとXE125評価ボード 出展:Acconeer
XM125は、A121センサーとSTM32L4マイコンを搭載し、組み込み製品向けに開発された小型レーダーセンサーモジュールです。
XE125は、XM125モジュールを搭載した評価ボードで、評価・プロトタイプ向けのボードです。
PCとUSB接続するだけで、AETまたはAcconeer社提供のSDKを用いた評価を開始できます。
外部コントローラーが不要なため、短時間でA121の基本特性を確認したい場合や、モジュール採用を前提とした初期評価に適しています。
- 評価ボードの比較と選定指針
XE121評価ボード とXE125評価ボードの特徴を表4にまとめました。
短期間で特性確認を行いたい場合はXE125、自社製品への組み込みや複数センサー構成を想定した評価を行う場合はXE121が適しています。
A121自体は同一であるため、評価できる性能やアプリケーションに大きな差はありません。評価環境の構築方法や開発自由度に応じて選定するとよいでしょう。
表4 A121の評価ボードXE121とXE125の特徴
| 項目 | XE121 評価ボード | XE125 評価ボード |
|---|---|---|
| 外観 |
![]() |
![]() |
| 構成 |
A121 センサーIC ×1 X’tal ×1 XS121接続用コネクタ ×4 |
XM125 モジュール (A121、STM32L4、X’tal搭載) ×1 |
| サイズ | 65.0×68.0 mm | 42.0×47.0 mm |
| コントローラー |
外付けCPUボード が必須 (XC120/Raspberry Pi/Nucleo) | 外付けCPUボード不要 |
| I/F | SPI、USB (XC120接続時) | USB、UART、I2C |
| 評価方法 |
評価方法は2通り: 1. AETがインストールされたPCとUSB接続して評価 (Nucleoは除く) 2. Acconeer社が提供しているSDKをMCUに実装して評価 尚、センサーが同一のため評価できるアプリケーション、性能はほぼ同一 | |
| 向いている用途 |
・自社モジュール化 ・複数センサーを一括制御 |
・モジュール採用前提 ・短時間で評価を始めたい |
ソフトウェア評価ツール(Exploration tool)
図10 Exploration tool 出展:Acconeer
Acconeer社は、A121の動作や特性を効率よく評価するために、Exploration Tool (AET) と呼ばれるソフトウェア評価ツールを提供しています。A121はIQデータ・反射強度・距離プロファイルなど多様な情報を取得できますが、これらをGUIで可視化し、パラメータをGUI上で簡単に変更できる点がAETの大きな特徴です。センサー設定と結果確認をワンストップで行えるため、初期評価からアルゴリズム検証まで柔軟に活用できます。
AETには複数の評価用アプリケーションがあらかじめ搭載されており、コードを書かずにすぐ評価を開始できます。
代表的なアプリケーションは以下の通りです。
- Sparse IQ:生のIQデータを可視化し、アルゴリズム検証や微小動作の解析に利用
- Distance detector:反射強度プロファイルをもとに距離を測定
- Presence detector:対象の存在を検知
- Speed detector:ドップラーデータから速度を検出
このほかにも、呼吸計測、水位計測、振動検知向けのアプリケーションが用意されています。
例として、Sparse IQモードのAET ユーザーインターフェイスを以下に示します。
図11 Sparse IQモードのAET ユーザーインターフェイス 出展: Acconeer
画面左側でアプリケーションは選択し、画面右側でパラメータ設定を行います。
Sparse IQモードで設定できる主要パラメータは以下の通りです:
- Start point:計測開始距離(2.5 mm × 設定値)
- Number of points:計測点数
- Step length:点間距離(2.5 mm × 設定値)
- HWAAS:S/N向上のためのハードウェア平均化回数
- Profile:パルス持続時間と形状
これらのパラメータを調整することで、測定距離範囲、分解能、S/Nを最適化できます。
画面中央がSparse IQの計測結果で、距離、位相、速度の情報が可視化されます。
- 距離表示:反射強度のピーク位置から対象物までの距離を把握
- 位相表示:位相の時間変化を利用して微小動作を検出
- 速度表示:距離ごとにドップラー情報を解析して速度を可視化
これにより、A121が持つ距離測定性能や微小動作検知能力を、リアルタイムで確認できます。
まとめ
本稿では、ミリ波センサーの検出方式に焦点を当て、Acconeer社のPCR方式とA121の特長を解説しました。
PCR方式は、近~中距離用途において「低消費電力」「高精度」「多台数運用」を同時に満たしたい場合に有効な方式です。
人感検知、存在検知、微小動作検知といったアプリケーションを検討している場合、A121は非常に有力な選択肢となるでしょう。
次回はExploration toolの各アプリケーションや、PCR方式を活かした具体的な活用例について紹介します。
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