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技術コラム
Cortex-M7技術コラム

Cortex-M7入門ガイド:Cortex-M4との比較からECU応用まで

目次

自動車の電動化が進展するのに伴って、電子制御ユニット(ECU)に搭載されるマイコンの高性能化が求められています。マイコンの頭脳であるCPUのアーキテクチャにはさまざまな種類がありますが、その中でも注目されているのがARM社の「Cortex-M7」コアです。本記事では、Cortex-M7の特性やCortex-M4との比較、ECU開発での活用例を、はじめて扱う方にもわかりやすく解説します。

Cortex-Mシリーズとは?

ARM社が提供するCPUアーキテクチャのうち、組み込み機器向けにはCortex-A、Cortex-R、Cortex-Mの3つのシリーズがあります。

CortexシリーズはRISC(Reduced Instruction Set Computer)アーキテクチャを採用したマイコンコア群です。RISCとは、命令セットをシンプルにして高速処理と低消費電力を実現する設計思想のことです。Cortexシリーズは3つに別れており、Cortex-Aは高性能アプリケーション向け、Cortex-Rはリアルタイム制御向け、Cortex-Mは組み込み制御向けとなっています。
Cortexシリーズは、命令セットを簡素化することで低消費電力かつ高速な処理を実現し、リアルタイム性と高効率を兼ね備えており、IoT機器や自動車ECUなどの幅広い分野で採用されています。

Cortexシリーズの用途

シリーズ説明主な用途
Cortex-M組み込み制御向けIoT、センサー制御、家電、ウェアラブルなど
Cortex-Rリアルタイム制御向け自動車制御、医療機器、産業用制御
Cortex-A高性能アプリケーション向けスマート家電、産業用HMI、エッジAI、Linux搭載機器

Cortex-M7の特徴

Cortex-M4とCortex-M7のブロックダイヤグラム

Cortex-M4とCortex-M7のブロックダイヤグラム (出典:ARM)

ARM Cortex-Mシリーズには、用途に応じた複数の種類があります。M0/M0+は低消費電力でIoT向け、M3は汎用制御、M4はDSP命令とFPUを搭載し音声・モーター制御、M33やM55はセキュリティやAI処理に適します。中でもCortex-M7は、次世代の車載制御に必要な、高い演算負荷や複雑な制御要求に応えるMCUとして注目されています。

Cortex-M7は、高性能な組み込み向けマイクロコントローラーで、演算部DPUには、2つのALU(うち1つはSIMD命令対応)、MACユニット(乗算+加算を1クロックで処理)、FPU(浮動小数点演算)、LSU(メモリーアクセス)、BTAC(分岐予測キャッシュ)などが搭載され、DSP命令の高速処理を実現します。さらに、命令TCMとデータTCMによる0ウェイトアクセスが可能で、リアルタイム性が求められる制御ループや割り込み応答を高速化します。NVICによる優先度付き割り込み制御、Bus Matrixによる複数バスの並列処理、AHB/APBインターフェイスによる周辺機器接続も特徴です。これらの構成により、Cortex-M7は信号処理、制御、HMIなど多様な組み込み用途に対応可能です。

Cortex-M7 functional diagram

Cortex-M7 functional diagram (出典:ARM)

Cortex-M4とM7を比較

Cortex-M7は、Cortex-M4と同じARMv7-M命令セットに対応しており、M4用のコード資産をそのまま活用できます。M7は、M4に比べてアーキテクチャが大幅に強化されており、演算性能とリアルタイム性の両面で優位性を持ちます。M4とM7の主な違いを以下にまとめました。

Cortex-M4とCortex-M7の主な違い

比較項目Cortex-M4Cortex-M7
クロック周波数~200MHz程度(製品依存)~1GHz程度(製品依存)
FPU単精度(オプション)単精度・倍精度(オプション)
TCMなしあり(0ウェイトアクセス)
キャッシュなし命令キャッシュ(ICU)・データキャッシュ(DCU)
パイプライン3ステージ6ステージ+スーパースカラ
性能指標約1.25 DMIPS/MHz約2.14 DMIPS/MHz
MPU(※)領域最大8領域(オプション)最大8領域(オプション)

(*) MPU: Memory Protection Unitの略で、メモリー領域ごとに読み書きや実行のアクセス権限を設定し、不正アクセスを防止するハードウェア機能です。

まず、クロック周波数はM4が一般的に最大200MHz程度であるのに対し、M7は製品によって最大1GHzに達します。これにより、処理スループットが飛躍的に向上します。さらに、FPUはM4が単精度のみ対応なのに対し、M7は単精度・倍精度の両方に対応し、浮動小数点演算を多用する制御や信号処理で高い精度を実現します。

DSP機能も強化されており、M7はSIMD命令や単サイクルMAC命令を備え、フィルター処理やオーディオ演算などの負荷を効率的に処理できます。加えて、M7には命令TCMとデータTCMが搭載され、0ウェイトアクセスによって割り込み応答や制御ループの遅延を最小化します。多くの製品でキャッシュ機能が搭載されており、命令キャッシュ(ICU)とデータキャッシュ(DCU)がフィルターアクセスを効率化します。

パイプライン構成では、M4が3ステージなのに対し、M7は6ステージに加えスーパースカラ機能を備え、最大2命令の同時発行が可能です。この並列処理により、演算・制御処理の高速化が実現します。性能指標としても、M4の約1.25 DMIPS/MHzに対し、M7は約2.14 DMIPS/MHzと大きな差があります。

このように、Cortex-M7はCortex-M4と比較して、演算性能、リアルタイム性、メモリー構成のすべてにおいて優れた特性を持ち、車載制御や高負荷の組み込みアプリケーションに最適な選択肢となっています。

Cortex-M7の代表的な機能ブロックを解説

Cortex-M7の代表的な機能ブロックについて解説します。

  • 高クロック周波数
    Cortex-M7コアを搭載した一部の製品では、最大1GHzでの動作が可能です。ただし、実際の動作クロック周波数は、製品ごとの実装仕様に依存します。これは、コア自体の理論性能ではなく、各メーカーの設計方針や周辺回路との整合性によって決定されます。
    一般的な組み込み向けのMCUは数十MHz〜数百MHzの範囲で動作します。リアルタイム制御向けのCortex-Rシリーズでは200〜1000MHz程度、高性能アプリケーション向けのCortex-Aシリーズでは数GHz程度で動作するので、Cortex-M7の性能はこれらの中間に位置づけられます。
  • FPU
    Cortex-M7には、FPU(Floating Point Unit:浮動小数点演算ユニット)が搭載されている製品があります。FPUは、浮動小数点演算をハードウェアで高速に処理する専用ユニットで、ソフトウェアエミュレーションと比較して演算速度が大幅に向上します。FPUは、モーター制御アルゴリズム、デジタル信号処理(DSP)、画像・音声処理などで高い処理性能を発揮します。Cortex-M7のFPUは、IEEE 754準拠の単精度および倍精度浮動小数点演算に対応しています。
    ※FPUの搭載有無は製品ごとの実装に依存するため、使用時には仕様の確認が必要です。
  • 拡張DSP
    Cortex-M7は、DSP(Digital Signal Processing:デジタル信号処理)処理に特化した命令セットを備えています。

    主な特徴は以下の通りです:
  • SIMD命令(Single Instruction Multiple Data):複数のデータに対して同時に演算を行う命令。例えば、複数の16ビット整数に対する加算や乗算を1命令で処理可能。
  • MAC命令(Multiply-Accumulate):乗算と加算を一括で行う命令。フィルター処理やFFTなどで頻繁に使用されます。
  • CMSIS-DSPライブラリ:ARMが提供するDSPライブラリで、FFT、フィルター、統計処理などの関数群が含まれ、Cortex-M7のDSP命令を活用して高速処理が可能です。

    これらの命令により、リアルタイムのオーディオ処理やフィルター演算を高効率に実行可能です。Cortex-M7は、組み込み用途においてDSP処理を必要とするアプリケーションに強みを発揮します。
  • TCM
    TCM(Tightly Coupled Memory)とは、プロセッサーコアに直結して配置されたオンチップメモリーで、命令TCMとデータTCMに分かれます。 命令TCMはプログラムコードの格納に、データTCMは変数やバッファーの格納に使用され、いずれも0ウェイトサイクルでアクセス可能です。 Cortex-M7はこのTCMを活用することで、割り込み応答や制御ループなどリアルタイム性が 求められる処理において、遅延を最小限に抑えることができます。これにより、高精度な制御や高速応答が必要な組み込みアプリケーションにおいて、安定した性能を発揮します。
  • ICU、DCU
    キャッシュとは、メモリーとCPUの間に配置される高速バッファーであり、Cortex-M7には命令キャッシュ(ICU)とデータキャッシュ(DCU)がオプション搭載されています。ICUはプログラム命令を一時保存し、繰り返し実行されるコードの取得を高速化します。DCUはメモリーに読み書きされるデータを保存し、頻繁なメモリーアクセスを効率化します。
    これらのキャッシュ機能により、Cortex-M7はメモリーアクセス回数を削減し、処理遅延を抑えて全体の処理性能を向上させます。
  • パイプライン処理
    パイプラインとは、命令の処理を複数の段階的に分割し、各ステージを並列に処理させることで処理効率を高める技術です。Cortex-M7では6段階のパイプラインを採用しており、プリフェッチ、命令デコード、命令発行、命令実行、メモリーアクセス、ライトバックなどの各ステージが独立して動作します。これにより、1命令あたりの処理時間を短縮し、スループットが向上します。
  • スーパースカラ機能
    スーパースカラとは、複数の命令を同時に発行・実行する技術で、Cortex-M7は最大2命令の同時発行に対応しており、条件が揃えば2命令を並列に処理することで、命令実行性能が大幅に向上します。これにより、Cortex-M4と比較して、演算処理や制御処理の高速化が可能となります。
  • ARMv7-M 命令セット
  • ARMv7-Mは組み込み機器向けに設計された32ビットCPU命令セット規格です。Cortex-M7はこの命令セットを採用しており、リアルタイム性と低消費電力を両立するための複数の機能が組み込まれています。Thumb命令形式:命令長を16ビットまたは32ビットに圧縮することで、コードサイズを削減し、メモリー効率と消費電力を改善します。
  • NVIC(Nested Vectored Interrupt Controller):割り込み信号を優先度順に管理し、ハードウェアレベルで即時に処理を切り替えることで、応答遅延を最小化します。

    これらの機能により、ARMv7-Mはリアルタイム制御、音声・画像処理、センサーデータ解析など、遅延が許されない用途に最適な命令セットとなっています。

ECU開発におけるCortex-M7の活用

近年の車載制御では、電動パワーステアリング(EPS)、電動ブレーキ、電動スロットルなどの電動化が進んでいます。これらのシステムは、ドライバーの操作に即座に反応する高いリアルタイム性と演算性能が求められます。

  • EPS:ステアリング操作に応じて電動モーターが操舵力を補助
  • 電動ブレーキ:電子制御によりブレーキ力を精密に制御
  • 電動スロットル:アクセル操作に応じてスロットル開度をモーターで制御

トルク制御やフィルター処理などの演算を高速で行う要求に応えるため、多くのECUでArm Cortex-M7が採用されています。
特にリアルタイム性の面では、0ウェイトアクセスが可能なTCMによって、外部キャッシュに依存しない安定した高速演算を実現します。Cortex-Aシリーズと異なり、キャッシュミスによる実行時間のばらつきがないため、ハードリアルタイム制御に適したプロセッサーとして車載制御分野で広く活用されています。

電動パワーステアリングのイメージ

電動パワーステアリングのイメージ

まとめ

Cortex-M7は、電動化が進む自動車制御領域において、高精度と高速応答を両立できるマイコンです。Cortex-M4との互換性を保ち、既存の開発環境やツールチェーン・ソフトウェア資産をそのまま活用できる点も大きな利点です。さらに、TCMによる0ウェイトアクセスやFPU・DSP命令による演算性能強化により、リアルタイム性が求められる制御処理を安定して実行可能です。これにより、電動パワーステアリングや電動ブレーキなど、緊急制御が求められる場面でも確実な応答を実現できます。

今後の車載マイコン選定において、Cortex-M7は高性能・高信頼性を兼ね備えた選択肢として、その重要性がさらに高まると期待されます。

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