スマートフォン決済や交通系ICカードで広く利用されているNFC(Near Field Communication)は、現代の生活に欠かせない技術となっています。なぜNFCがここまで注目されるのでしょうか?その理由は、安全性・利便性・低消費電力という三つの特性にあります。
本記事では、NFCの規格体系と通信方式を体系的に整理し、最新の技術トレンドや将来の方向性にも触れ、初心者でも理解できるように構成しています。
NFCの基本概要
NFCは、無線通信技術の一種ですが、BluetoothやWi-Fiと異なり、通信距離が極めて短いことが特徴です。
利用する周波数帯は13.56MHzで、これはISM(Industrial, Scientific and Medical)バンドに属します。この帯域は世界的に免許不要で利用できるため、グローバルな普及が容易になっています。
一般的な近接用途では、ISO/IEC 14443では、通信距離は10cm程度です。これは、セキュリティを重視した設計思想によるものです。近距離でしか通信できないため、第三者による盗聴やリレー攻撃のリスクが低減されます。
通信速度はISO/IEC 14443系では106kbpsから848kbpsで、動画や大量データの転送には不向きですが、認証や設定情報の交換には十分です。ISO/IEC 15693(Type5)では、26~53kbpsです。
NFCリーダー/ライターとNFCタグ/カードの通信原理
NFCの通信は、電磁誘導を利用した磁界結合方式で行われます。送信側のアンテナコイルが発生する磁界を、受信側のコイルが受け取ることで電力と信号を伝達します。この仕組みにより、パッシブタグ(電源を持たないタグ)でも動作可能です。例えば、交通系ICカードやNFCタグは、リーダーから供給される電磁エネルギーで動作します。
セキュリティ面では、AESやDESといった暗号化技術が採用され、認証プロトコルも組み込まれています。これにより、決済や個人情報のやり取りにおいて高い安全性が確保されます。また、エラーチェックにはCRC(Cyclic Redundancy Check)が用いられ、通信の信頼性を担保します。
通信モードと規格
NFCには大きく分けて3つの通信モードがあります。
-
カードエミュレーションモード
-
リーダー/ライターモード
-
P2Pモード(Peer-to-Peer)
NFCの3つの通信モード
① カードエミュレーションモード
スマートフォンやデバイスがICカードのように振る舞うモードです。交通系ICカードやモバイル決済(EMVCo)で利用される代表的な方式で、ISO/IEC 14443に準拠しています。これにより、既存のカードリーダーとの互換性が確保され、導入が容易です。
② リーダー/ライターモード
NFC機器がタグやカードを読み書きするモードです。タグはType 1~Type 5に分類され、容量や通信速度、セキュリティ機能が異なります。例えば、Type 2タグは低コストで広く普及しており、製品情報やURLの格納に適しています。このモードを使用すればスマートフォンを決済端末として使用することができます。
③ P2Pモード(Peer-to-Peer)
NFC対応機器同士で双方向通信を行うモードです。ISO/IEC 18092(NFCIP-1)に準拠します。現在は主に産業機器・車載機器のパラメータパラメーター設定など、スマートフォン以外の機器間通信で利用されます。
- スマートフォン同士のP2P通信(Android Beam等)は、Android 10以降廃止されており、現在のスマートフォンでは一般的に利用できません。
これらのモードは、用途に応じて使い分けられます。決済や認証にはカードエミュレーション、製品情報の提供にはリーダー/ライター、機器間の通信にはP2Pモードが適しています。次章では、これらを支える規格体系とNFC Forumの役割について解説します。
NFC通信を使ったアプリケーション
Bluetoothワイヤレスイヤホンを使用する際には、まずスマートフォンとのペアリング設定が必要です。NFC通信は、この“ペアリング手順”を簡単にするために活用されています。
ワイヤレスイヤホンにはNFCタグが内蔵されており、ペアリングに必要なMACアドレスなどの情報が格納されています。ユーザーがスマートフォンをイヤホンにかざすと、イヤホン側はこれらの情報をNDEF形式で送信します(NDEFについては次章で詳しく解説します)。スマートフォンはNDEFを読み取るだけでペアリング設定を自動で完了できるため、ユーザーは複雑な操作を行う必要がありません。
ペアリングが完了すると、音楽や音声データなどのメインの通信は Bluetoothを使って行われます。つまり、NFCは安全・確実に近距離でペアリング情報を渡すための手段、Bluetoothはメインデータを高速伝送する手段という役割分担になっています。
ワイヤレスイヤホンとスマートフォン間の通信イメージ
NDEFフォーマットを使う代表的なアプリケーション
NDEFは、NFCを用いた情報交換で標準的に利用されるデータフォーマットであり、多様なアプリケーションを実現します。以下に代表例を示します。
1.スマートポスター・URLリンク
- NFCタグにURLを格納し、スマートフォンでタップするとWebページを開く。
- 店舗やイベントでのプロモーション、商品紹介、キャンペーン誘導などに広く活用。
2.モバイル決済・交通系ICカード
- Card Emulationモードを利用し、スマホがICカードのように振る舞う。決済端末や改札機との通信により、支払い・乗車を実現。
- 例:Apple Pay、Google Pay、Suica、PASMOなど。
3.ペアリング・認証
- BluetoothやWi-Fiのペアリング情報をNDEFで交換し、初期設定を簡略化。
- 車載機器(カーナビ、ディスプレイオーディオ)、家電、IoTデバイスの初期設定に利用。
4.電子名刺・連絡先交換
- vCard形式の連絡先情報をNDEFメッセージとして保存し、スマートフォン同士やNFCタグを介して簡単に連絡先を交換。
5.IoT・産業用途
- 製品のメンテナンス履歴、シリアル情報、トレーサビリティ情報をタグに記録。
- 車載ECU設定、設備診断、OTA更新のトリガー情報などにも利用。
NFC Forumの役割と主要仕様:NDEFの構造とNFCタグの種類
NFCのエコシステムは、単に「近距離で通信できる」だけでは成立しません。異なるメーカーの端末やタグ、OSやドライバ、さらには決済・交通・アクセス制御などのサービス層が、相互運用できることが不可欠です。ここで中心的な役割を担うのがNFC Forumです。NFC Forumは、NFCの普及促進と標準化、認証制度の整備を通じて「誰が作っても、どこで使っても、同じように動く」状態を実現するためのルールを定めています。
NFCのプラットフォーム・アーキテクチャ
NFCフォーラム・アーキテクチャはOSI参照モデルに基づいています。物理層はISO/IEC 14443や18092に準拠し、データリンク層ではNFC Digital Protocolで信頼性を確保します。ネットワーク層はLLCPやSNEPで論理リンクを管理し、アプリ層ではNDEF形式でデータ交換を行います。これにより決済、認証、IoT連携など多様な用途を安全に実現します。
NFC Specification Architecture(出展: NFC Forum)
NDEF(NFC Data Exchange Format)
今回は重要なNDEFのデータ構造について具体的に解説します。
NDEFは、NFCでデータをやり取りするための共通言語です。NDEFは、URLやテキスト、vCard、Wi-Fi/BLE設定情報などのペイロードをレコードという単位で格納し、それらをメッセージに束ねて運ぶ仕組みを提供します。重要なのは、NDEFがタグでもP2Pでも使えることです。これにより、「ポスターのタグをスマホが読む」場合も、「スマホ同士でデータを渡す」場合も、同じフォーマットで情報が流れ、アプリ実装が簡潔になります。
NDEFメッセージの基本構造
| NDEF message | NDEF record | NDEF record | NDEF record | Messageは複数のRecordで構成される | ||
| NDEF record | Record header | Record payload | RecordはHeaderとPayloadで構成される | |||
| NDEF record header | Flags & TNF 1 byte | Type Length 1 byte | Payload Length 1 or 4 bytes | ID Length 1 byte | Payload Type variable | Payload ID variable |
| Field | Length | Description | |||||||||||||||||||||||||||||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| Flags and TNF | 1 byte | Flagsは、NDEFレコードの先頭バイトに含まれるビット情報で、レコードの構造や役割を示します。TNFは、3ビットで表されるタイプのフォーマットを示す値です。ペイロードがどんな種類のデータなのかを決める役割があります。
| |||||||||||||||||||||||||||||||||
| Type Length | 1 byte | レコードのタイプ情報の長さを示します。タイプとは、ペイロードが何の種類かを表すものです。例えば、テキストなら「T」、URIなら「U」など。このフィールドには、そのタイプ名のバイト数が入ります。 | |||||||||||||||||||||||||||||||||
| Payload Length | 1 or 4 bytes | ペイロードの長さを示します。ペイロードは実際に送るデータ(文字列やURLなど)です。通常は4バイトで表しますが、SRフラグが立っている場合は1バイトで表します(255バイト以下の場合)。 | |||||||||||||||||||||||||||||||||
| ID Length | 1 byte | レコードにIDフィールドがある場合、そのIDの長さを示します。IDはレコードを識別するための任意の値で、ILフラグが立っているとこのフィールドが存在します。 | |||||||||||||||||||||||||||||||||
| Payload Type | variable | ペイロードの種類を示す情報です。Typeフィールドに格納され、Type Lengthでその長さが決まります。 例:
| |||||||||||||||||||||||||||||||||
| Payload ID | variable | レコードのIDを示すフィールドです。これは任意で、複数レコードがある場合に識別するために使います。ILフラグが立っていると、このIDが存在します。 | |||||||||||||||||||||||||||||||||
NDEFメッセージは、複数のレコード(Record)で構成されます。メッセージの最初のレコードにはMB(Message Begin)という印が付き、最後のレコードにはME(Message End)という印が付きます。これで、どこからどこまでが1つのメッセージか分かるようになっています。
各レコードは、ヘッダ(Header)とペイロード(Payload)で構成されます。ヘッダには、そのレコードがどんな種類のデータを持っているかを示す情報が入っています。ヘッダに含まれるTNF(Type Name Format)フィールドは、データのタイプを表します。TNFの値によって、テキストなのか、URI(ウェブリンク)なのか、MIMEタイプ(画像やファイル)なのかが決まります。また、ヘッダにはSR(Short Record)というフラグもあり、ペイロードが小さい場合はこれを使ってサイズ情報を簡略化します。ペイロードは、実際のデータそのものです。例えば、URLを送る場合は「https://example.com」という文字列がペイロードに入ります。テキストの場合は、言語コード(例: “en”や“ja”)と文字列が入ります。
NDEFは「NFCでやり取りするデータの入れ物」であり、その中に「レコード」という単位で情報が入っているということです。この仕組みを理解すると、例えば「NFCタグにURLを書き込んでスマホで読み取る」といったことが簡単にイメージできるようになります。
Tag Type Specifications
Tag Type SpecificationsはNFC Forumが定めた技術仕様で、NFCタグのタイプごとに通信方式や機能を標準化したものです。Type 1〜Type 5の定義があり、メモリー容量、読み書き速度、保護機能、コマンドセットなどが規定されています。実務で遭遇しやすいのはType 2とType 4です。
Type 1
- 規格:ISO/IEC 14443A
- 特徴:最もシンプルで低コスト。メモリーは96バイト~2KB程度。
- 通信速度:106kbps
- 用途:URLや簡単なID情報を格納するスマートポスターなど。
- ポイント:書き換え可能だが、必要に応じて読み取り専用に設定できる。
Type 2
- 規格:ISO/IEC 14443A
- 特徴:最も普及しているタイプ。メモリーは48バイト~2KB程度。
- 通信速度:106kbps
- 用途:イベントチケット、アクセス管理、製品認証など。
- ポイント:低価格で、NDEFに対応。
Type 3
- 規格:JIS X 6319-4(FeliCa方式)
- 特徴:日本で広く使われる。メモリーは数KB~最大1MB。
- 通信速度:212kbpsまたは424kbps
- 用途:交通系ICカード、電子マネー、IDカード。
- ポイント:高機能だが価格は高め。
Type 4
- 規格:ISO/IEC 14443(Type A/B)
- 特徴:セキュリティ機能が強化され、メモリーは32KB~1MB。
- 通信速度:106kbps~424kbps
- 用途:決済カード、セキュリティ認証。
- ポイント:ISO-DEPプロトコルに対応し、暗号化や認証が可能。
Type 5
- 規格:ISO/IEC 15693
- 特徴:長距離通信(最大約1m)、メモリー容量は柔軟。
- 通信速度:一般的には概ね26kbps、高レートで53kbps程度
- 用途:物流管理、在庫管理、産業用途。
- ポイント:RFID技術をベースにしており、広範囲での読み取りが可能。
LLCPとSNEP
LLCPとSNEPは、NFCのP2P通信で使われるプロトコルです。
- LLCP(Logical Link Control Protocol)
NFC機器同士が双方向で通信するためのリンク管理プロトコルです。OSIモデルのデータリンク層に相当し、接続の確立や切断、複数アプリの同時通信を可能にします。簡単に言えば、NFCで会話するための土台です。 - SNEP(Simple NDEF Exchange Protocol)
LLCPの上で動作するアプリケーション層のプロトコルで、NDEFメッセージ(URLやテキストなど)をやり取りするための仕組みです。つまり、NDEFデータを送受信するためのルールです。
NCI(NFC Controller Interface)
NCIは、端末のOSやアプリからNFCチップを扱うための抽象化レイヤーです。NCIは、ホスト(OS/ドライバー)とNFCコントローラー間のコマンド・イベントのやり取りを標準化し、ベンダ差異を吸収します。これにより、アプリケーションは「タグを検出した」「NDEFを読んだ」「P2Pで受信した」などのイベントを一貫したAPIで取り扱えます。実装側にとっては、複数メーカーのチップを同じ設計で置き換えやすく、調達リスクや保守負荷の低減につながります。
まとめ
NFCは単なる近距離通信ではなく、決済・認証・IoT・車載など幅広い分野で活躍する技術です。通信モードの理解と規格準拠の設計は、製品の信頼性と市場適合性を左右します。今後は、NFCとBluetooth LEやUWBとのハイブリッド利用、車載システムへの統合など、さらなる進化が期待されます。
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