近年、車載システムの高度化に伴い、ECU開発の現場でNFC技術の活用が急速に進んでいます。NFCは非接触で安全かつ効率的なデータ通信を実現し、決済や交通インフラだけでなく、車両アクセス(スマートキーや車載ネットワーク認証など)やIoT連携など様々な自動車分野で新たな価値を生み出しています。
本記事では、NFC技術の基礎から最新の応用事例まで、ECU開発に携わるエンジニアの皆さんが現場で役立てられる実践的な知識を、図解や具体例を交えてわかりやすく解説します。「NFCを活用した新しい車載システムを設計したい」「基礎から応用まで体系的に学びたい」という方は、ぜひ最後までご覧ください。
NFCの歴史と進化
主な近距離無線規格
近距離無線通信は、一般に通信距離が数 10mくらいまでの無線通信技術とされ、主な技術にはZigBee(2.4GHz)、Bluetooth(2.4GHz)、Wi-Fi(2.4GHz/5GHz)などがあります。その中でも、NFC(Near Field Communication)は13.56MHz帯を使用し、最大約10cmという非常に近距離での双方向通信が可能です。通信速度は106~848kbpsで、車載システムにおける認証などセキュアなデータ転送に適しています。NFCは、20世紀半ばに登場したRFID(Radio Frequency Identification)技術を基盤として発展しました。無線通信でタグ情報を読み取ることができるRFIDは物流管理や動物識別など幅広い分野で活用されてきましたが主にリーダーからタグへの一方向通信で通信距離も数メートルと長めでした。セキュアなデータ通信が求められるシステムでは、盗聴や不正アクセスのリスクが低く、より短距離かつ双方向通信が可能な新技術が求められるようになりました。
2002年頃、NXP Semiconductors(旧フィリップス)とSONYが共同でISO/IEC14443規格を基に双方向通信技術を開発し、タグの読み取りだけでなく、デバイス間での情報交換も可能となりました。2003年にはNFCフォーラムが設立され、通信プロトコルやデータフォーマット、セキュリティ仕様などの業界標準が策定されました。これにより、異なるメーカー間でも高い互換性が実現しました。2010年代以降、スマートフォンへのNFCチップ搭載が進み、キャッシュレス決済を中心にNFCの利用範囲が急速に拡大しました。NFCは他にも、交通系ICカードの読み取りや電子チケット、デジタル名刺交換、IoT機器のペアリングなどに応用されています。
NFC規格 ISO/IEC14443
ISO/IEC 14443は、非接触型ICカードの国際標準規格の一つで、最大約10cmの近距離通信を対象としています。NFC技術の基盤となる規格であり、交通系ICカードや電子マネーなど多くの非接触サービスで採用されています。
主な特徴は次の通りです。
- 通信距離:最大約10cm
- 通信方式:13.56MHz帯の相互通信
- カードタイプ:Type A/Type Bの2方式
- データ転送速度:106/212/424kbpsに対応
NFCの通信原理
NFC(Near Field Communication)は、13.56MHzの高周波を利用した磁界結合方式によって通信を行います。アンテナコイル同士が数cm~10cmの範囲で近接することで、電磁誘導によりエネルギーとデータのやり取りが可能となり、安定した双方向通信を実現します。
13.56MHz帯は、国際的なISMバンド(産業・科学・医療用周波数帯)に指定されており、免許不要で利用できるため世界中で標準化されています。アンテナサイズや通信距離、回路設計の容易さ、ノイズ耐性などのバランスが取れていることから、NFCやRFIDの主要規格で広く採用されています。
NFCアンテナはループコイル型が一般的です。設計時にはインダクタンスやキャパシタンス、マッチング回路の最適化が重要となります。特に車載用途では、金属部品やノイズ源が多いため、EMC(電磁両立性)対策やシールド設計が不可欠です。アンテナの配置や基板レイアウト、金属部品との距離を十分に考慮し、EMC試験による検証を行うことで、安定した通信品質を確保できます。
NFCリーダーライターとNFCタグ/カードの通信原理
通信プロトコルとしては、ASK(Amplitude Shift Keying)やPSK(Phase Shift Keying)などの変調方式が用いられています。データの整合性を保つためにCRC(巡回冗長検査)などのエラー検出機能も活用されており、暗号化技術も組み込まれています。車載システムでは、認証情報の暗号化やチャレンジレスポンス方式によるセキュリティ強化が求められ、AESやDESなどの暗号化アルゴリズム、認証プロトコルの選定が重要なポイントとなります。
このように、NFCは物理的な通信原理から設計・実装・セキュリティまで、車載ECU開発において多くの技術的工夫が必要となる分野です。現場での設計や評価の際は、これらのポイントを意識することで、より安全で高品質な車載NFCシステムの構築が可能となります。
NFC リーダーライターの概要
NFC技術は、リーダー(Reader)とライター(Writer)という2つの役割を持つ機器によって構成さており、それぞれ異なる機能を担っています。この2つの機能をどちらも備えたものをNFCリーダーライター(NFCコントローラー)と呼びます。
NFCリーダー機能
NFCリーダーは、NFCタグやカード、デバイスから情報を読み取る役割を担います。主な機能は以下の通りです。
- NFCタグやカードに記録されたIDや認証情報、URLなどの読み取り
- 読み取った情報を用いたユーザー認証やアクセス制御
- NFC通信の開始制御と通信相手との接続確立
NFCライター機能
NFCライターは、NFCタグやカードにデータを書き込む役割を担います。主な機能は以下の通りです。
- テキスト、URL、設定情報などの記録
- タグ内容の消去やフォーマット
- 書き込み後のタグロックによる改ざん防止
NFCリーダーライターのシステム構成について解説します。NFC機能は、マイコン、アナログフロントエンドであるNFCリーダーライターIC、マッチング回路、アンテナで構成されます。また、マイコンとNFCリーダーライターが一体化した1チップNFC製品も存在します。NFCリーダーライターICはNFCを実現するための重要な半導体製品で、NXP Semiconductors、STMicroelectronics、Renesas Electronics、SONYなどのメーカーから提供されています。
NFCリーダーライターのブロック構成
NFCの応用:交通系ICカードからスマートフォンまで
交通系ICカードは、日本をはじめ世界中で公共交通の利便性向上に貢献してきました。近年はNFC技術との連携により、乗車券機能だけでなく電子マネーなど多様な機能拡張が進んでいます。
乗車券機能は切符から非接触型ICカードへ
従来の切符処理では人件費やラッシュ時の処理能力に課題がありました。その解決策として、1990年代後半~2000年代初頭に交通系ICカードが登場し、効率的な乗車管理が可能となりました。交通系ICカードは、ISO/IEC 14443規格に準拠した非接触型ICカード技術を採用しています。改札機にカードをかざすだけで乗車履歴の記録や運賃支払いが可能となりました。
NFC対応の交通系ICカードは、乗車券機能だけでなく、電子マネーやポイントサービス、イベントチケットなど多様なサービスと連携できるようになり、利用者の利便性は大きく向上しています。
2010年代以降、スマートフォンにNFC機能が搭載されるようになり、利用方法が大きく変化しました。スマートフォンのNFCはISO/IEC 14443規格を基盤としているため、従来のICカードと互換性があり、スマートフォンをICカードの代替として利用できます。
NFC技術のカーアクセスへの導入
NFCを活用したカーアクセスは、スマートフォンや専用カードで車のドアロックの施錠・解錠やエンジンスタートを行える安全な手段として注目されています。
車両にはNFCリーダーが搭載されており、スマートフォンやNFCカード(キー)などのデバイスが近づくとNFC通信が開始されます。デバイス内の認証情報(IDや暗号鍵)が車両に送信され、車両側で認証が行われます。車両側のシステムは受け取った認証情報を検証し、正当なユーザーであればドアのロック解除やエンジンスタートが可能となります。NFCの短距離通信特性と暗号化・認証技術の組み合わせにより、高いセキュリティと利便性を両立できます。
今後はIoTやスマートシティの発展に伴い、NFCを活用したカーアクセスシステムの多機能化・高度化がさらに進むことが期待されています。
NFCを活用したカーアクセスのイメージ
まとめ
NFC技術は、ECU開発をはじめとする車載システム分野で、今後ますます重要性を増していく無線通信技術です。
本記事では、その基礎から応用例までを解説しましたが、NFCの可能性はこれにとどまりません。
今後の車載システム開発や新たなサービス創出に向けて、NFC技術の理解と活用が大きな武器となるはずです。
ぜひ、現場での設計や開発に本記事の内容を役立てていただき、さらなる技術革新にチャレンジしてください。
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