車載システムのIVI(In-Vehicle Infotainment)や各種制御機能を担うECU(Electronic Control Unit)において、ストレージ性能がユーザー体験を大きく左右します。起動の速さ、イベントログ保存の信頼性、さらにはOTA(Over The Air)によるソフト更新の効率など、ストレージの選択は操作感や安全性に直結する重要な要素です。
車載向け組込みストレージとして広く使われているのが、シンプルな構成とコストバランスに優れるeMMCと、高速性と高い並列処理性能を特長とするUFSです。どちらもJEDECで標準化された信頼性の高い方式ですが、その設計思想や得意とする用途は大きく異なります。
本稿では、eMMCとUFSそれぞれの仕組みや特長を整理し、車載ECUに求められる要件と照らし合わせながら、どちらを選ぶべきかを判断するための指針をわかりやすく解説します。
車載ストレージが果たす役割
車載システムにおいてストレージは、単にデータを保存するための部品ではありません。IVIや各種ECUが電源投入後すぐに動作可能となるための起動データの高速読み出し、ドライブレコーダーや走行中に発生するイベントログ、センサーデータの記録、さらにはOTAによるソフトウェア更新まで、ストレージはシステム全体の挙動や信頼性に深く関わっています。
特に車載用途では、エンジン始動後の起動時間がユーザー体感に直結するほか、ドライブレコーダーやADAS(Advanced Driver-Assistance Systems)関連ログのような高頻度かつ継続的な書き込みに耐えられるように、高い書き換え耐久性能(TBW*)が求められます。また、OTA更新では大容量データを安全かつ短時間で書き込む必要があり、書き込み性能や電源断時のデータ保護機能もストレージ選定において重要な要件となります。
さらに、車載機器は−40〜85℃といった広い動作温度範囲での安定動作や、10年以上にわたる長期供給・長期使用が前提となるため、民生機器とは異なる信頼性設計が不可欠です。
このように、車載ストレージには「容量」や「価格」だけでなく、起動特性、アクセスパターン、書き込み耐久、信頼性といった複数の観点が求められます。これらの要件を満たすためには、ストレージそのものの設計思想や規格の違いを理解したうえで、用途に適した方式を選定することが重要です。
そこで次章からは、車載向け組込みストレージの標準規格であるJEDECと、広く採用されているeMMCとUFSについて、それぞれの特徴を整理していきます。
- TBW(Terabytes Written):ストレージが寿命に達するまでに累積で書き込めるデータ量を示す指標。主にNANDフラッシュの書き換え回数(P/Eサイクル)に基づいて定義され、書き込み耐久性や長期信頼性を評価する際の目安として用いられる。
JEDECとは:車載ストレージ選定に欠かせない “共通ルール”
JEDEC(Joint Electron Device Engineering Council)は半導体メモリーを中心とした国際標準規格を策定する業界団体です。eMMCやUFSといった組み込み向けストレージは、JEDECで定められた仕様に基づいて開発されています。
車載用途においてJEDEC規格が重要視される理由の一つが、メーカー間での互換性と長期供給性です。車載ECUでは、10年以上にわたる製品ライフサイクルが前提となるケースも多く、特定メーカー独自仕様に依存しない標準規格であることが、安定した調達や設計継続性につながります。
また、JEDEC規格では単なるインターフェイス仕様だけでなく、初期化動作やエラーハンドリング、信頼性に関わる基本的な挙動も定義されています。これにより、電源断時のデータ保護や異常時の振る舞いといった車載で重要な要素についても、一定の共通理解のもとで設計を進めることが可能になります。ECU開発者にとっては、ストレージの基本動作を前提条件として扱える点が大きなメリットです。
このように、JEDECは車載ストレージ選定における「共通ルール」としての役割を担っています。そのJEDEC規格の中で、現在広く採用されている組込み向けストレージがeMMCとUFSです。
次章では、それぞれの方式がどのような設計思想を持ち、車載ECUの要件にどのような影響を与えるのかを順に見ていきます。
eMMC – シンプルさとコストのバランスが魅力
eMMC(embedded Multi Media Card)は、NANDフラッシュとコントローラーを1パッケージに集積した組込み向けストレージです。ホスト側の制御が比較的シンプルで、SoCとの接続やソフトウェア実装の負担を抑えやすい点が大きな特長です。そのため、車載用途においても長年にわたり幅広く採用されてきました。
eMMCのブロック図
通信方式はパラレルインターフェイスによる半二重通信(Half Duplex)で、一度に送信か受信のいずれかのみを行う構造となっています。このため、後述するUFSと比べると並列処理性能には制約がありますが、用途が明確なECUでは必要十分な性能を発揮します。JEDEC eMMC 5.x世代では、高速転送を可能にするHS400モード*が導入され、最大400MB/sクラスの転送性能に対応しています。
また、コマンドキューイング(CQ)*機能により、限定的ながら複数コマンドの処理が可能となり、従来世代と比べてランダムアクセス性能も改善されています。セキュリティ面では、改ざん耐性を持つRPMB*領域を持ち、セキュアブート情報や認証データの保存用途にも適しています。加えて、ECU起動時に利用しやすい専用のブートパーティションを備えている点も、車載設計において扱いやすい要素の一つです。
これらの特性から、eMMCは設定保存や比較的軽量なログ記録を主用途とするボディ系ECUや、通信機能を中心としたテレマティクスユニット(TCU)などで広く用いられています。高い性能よりも、コスト、設計容易性、安定した動作を重視するシステムにおいて、eMMCは今なお有効な選択肢といえるでしょう。
- HS400モード:eMMC 5.xで導入された高速転送モード。DDR方式により最大400MB/sクラスの転送に対応し、ECU起動時のデータ読み出し時間短縮に寄与する。
- コマンドキューイング(CQ):複数のアクセス要求をキューとして管理し、処理効率を高める機能。eMMCでは半二重通信の範囲内でランダムアクセス性能を改善する。
- RPMB(Replay Protected Memory Block):認証機構を備えたセキュアな専用領域。改ざんやリプレイ攻撃を防止でき、セキュアブート関連データの保存に用いられる。
UFS - 高速起動と並列処理に優れた次世代方式
UFS(Universal Flash Storage)は、高い性能と並列処理能力を前提に設計された組込み向けストレージ規格です。スマートフォン向けとして普及が進んできましたが、近年では車載IVIやADAS関連ECUなど、高速レスポンスや大量データ処理が求められる領域を中心に採用が拡大しています。
UFSのブロック図
UFSの大きな特長は、MIPI M-PHY* と UniPro* を用いたシリアル・全二重通信(Full Duplex)を採用している点です。これにより、読み出しと書き込みを同時に処理でき、高い並列性を実現しています。半二重通信のeMMCと比べると、ランダムアクセスが多い処理や複数タスクが同時に発生する場面で、性能差が顕著に現れます。
ランダムアクセス性能の向上に寄与する機能として、Host Performance Booster(HPB)*があります。HPBはホスト側のDRAMを活用して頻繁にアクセスされる情報をキャッシュして高速に読み出せるようにする仕組みで、アプリケーション起動や地図データの読み出し処理を高速化できます。また、大容量データの書き込みを一時的に高速化するWrite Booster*も備えており、OTA更新時の書き込み時間短縮に効果を発揮します。
転送性能の面では、UFSは世代の進化とともに大きく向上しており、UFS 4.x世代では理論上4GB/sクラスの転送性能に対応しています。これにより、ストレージがシステム全体のボトルネックになりにくく、高機能化が進む車載ECUでも余裕を持った設計が可能になります。加えて、電力状態管理機能やデータ整合性保護機構も強化されており、性能と信頼性の両立が図られています。
- MIPI M‑PHY:UFSで用いられる高速シリアル物理層インターフェイス。少ないピン数で高帯域・低消費電力を実現し、車載用途を含む高信頼システムに適している。
- UniPro(Unified Protocol):MIPI M‑PHY上で動作する転送プロトコル。全二重通信と高い並列性を備え、UFSにおける高速・高効率なデータ転送を支える。
- HPB(Host Performance Booster):ホスト側DRAMを利用してアドレス変換情報をキャッシュし、ランダムリード性能を向上させるUFSの機能。アプリ起動や地図データ読み出しの高速化に効果がある。
- Write Booster:書き込み時に一部領域を高速なバッファとして利用し、書き込み遅延を低減するUFSの機能。OTA更新など大容量データの書き込み時間短縮に寄与する。
eMMCとUFS – ECUで求められる性能への影響
ここまでeMMCとUFSそれぞれの特徴を見てきましたが、両者の違いはECUの実際の挙動にどのような影響を与えるのでしょうか。車載システムでは、ストレージ性能が単なる数値性能ではなく、起動時間、更新時間、ユーザー体感として現れます。eMMCとUFSの特徴を表にまとめました。
eMMCとUFSの特徴
| 項目 | eMMC | UFS |
|---|---|---|
| インターフェイス | パラレルインターフェイス、8bit、半二重通信 | MIPI M PHY + UniPro、最大2レーン、全二重通信 |
| 転送速度 | HS400対応で最大400MB/sクラス (実効性能は構成・条件に依存) | 理論最大4.6GB/sクラス、 実効性能は2.9〜4.2GB/sクラス (実行性能は世代・構成に依存) |
| コマンド処理 | CQによる限定的な並列処理 | 複数コマンドの同時処理が可能 |
| 消費電力 | 標準的 | 電力状態管理機能により効率的 |
| 耐久性・信頼性 | ECC/ガーベッジコレクション*/ ウェアレベリング*を標準搭載 | ECC強化、電源断時の復旧機能、 データ整合性機能 |
| コスト | 低コスト | 中〜高コスト |
| 主な用途 | ボディ系ECU、TCU、IoT機器、家電 | IVI、ADAS、ゲートウェイ、カメラ/AI処理機器 |
- ガーベッジコレクション(GC):無効になったデータを整理し、再利用可能な領域を確保する内部処理。NANDフラッシュでは上書きができないため、書き込み性能と安定動作を維持するために自動的に実行される。
- ウェアレベリング:書き込みや消去が特定の領域に集中しないよう、NANDフラッシュ全体に均等に分散させる制御。セルの摩耗を平準化し、ストレージ全体の寿命(耐久性)を延ばす。
以下では、ECUの代表的な動作シーンに沿って両方式の違いを整理します。
起動時間
eMMCは半二重通信であるため、起動時に発生する多数のランダムリード処理ではアクセスが直列化されやすく、起動時に一定の待ち時間が生じます。一方、UFSは全二重通信と高い並列処理能力を備えており、複数のリード要求を効率よく処理できます。そのため、IVIなど起動後すぐに画面表示や操作が求められるシステムでは、UFSのほうが体感的に速い起動を実現しやすくなります。
書き込み処理とOTA更新
eMMCは中規模の連続書き込みであれば問題なく対応できますが、OTA更新のように大容量データを一括で書き込む場合には、処理時間が長くなる傾向があります。UFSではWrite Boosterを活用することで書き込み遅延を抑えやすく、更新時間の短縮につながります。OTA更新の頻度が高いECUでは、この差がシステム停止時間の短縮やユーザー利便性の向上として現れます。
ランダムアクセス性能
地図データやアプリケーションを頻繁に読み出すIVIでは、ランダムリード性能が操作レスポンスに直結します。eMMCでもコマンドキューイングにより一定の改善は見られますが、UFSではHPBによるキャッシュ活用が可能であり、特にランダムアクセスが多いシステムで差が顕著になります。
信頼性とデータ保護
どちらもJEDEC規格に基づいた基本的な信頼性機能を備えていますが、世代の新しいUFSでは電源断時のデータ整合性保護やエラー処理がより強化されています。一方で、eMMCもRPMBやブートパーティションを活用することで、セキュアブート用途や設定情報保存といった領域では十分な信頼性を確保できます。
コストとシステム設計
eMMCは部品コストや設計難易度の面で有利であり、用途が明確で性能要求が限定的なECUでは、コストパフォーマンスの高い選択肢となります。対してUFSはコストや設計難易度が上がるものの、高速性や並列性による体感品質の向上、将来の機能拡張を見据えた余裕のある設計が可能になります。
このように、eMMCとUFSの違いは単なる転送速度の差ではなく、起動時間、OTA更新時間、操作レスポンス、設計余裕度といったECU全体の品質に影響します。ECUの役割やアクセスパターンを整理したうえで、どの特性を重視すべきかを見極めることが、最適なストレージ選定につながります。
eMMCとUFSを用途に応じて選定する
eMMCとUFSはいずれも車載ECUで実績のある組込みストレージですが、最適な選択はECUの役割やアクセスパターンによって大きく異なります。ここでは、代表的な用途ごとにストレージ選定の考え方を整理します。
設定情報の保存や軽量なログ記録が主用途のECU
eMMCが有力な選択肢となります。ボディ系ECUや一部のTCUでは、アクセスパターンが比較的単純で、起動時間やランダムアクセス性能に極端な要求がないケースが多く見られます。このような用途では、設計が容易でコストバランスに優れるeMMCでも十分な性能と信頼性を確保できます。
起動速度や操作レスポンスがユーザー体感に直結するECU
UFSの優位性が際立ちます。IVIやデジタルクラスターのように、電源投入後すぐに画面表示や操作が求められるシステムでは、全二重通信と高い並列性を持つUFSによって起動時間の短縮が期待できます。アプリケーションや地図データのランダムアクセスが多い場合も、UFSの特性が効果的に働きます。
OTA更新を頻繁に行うECU
書き込み性能と更新時間が重要な判断軸となります。eMMCでもOTA更新は可能ですが、大容量データの一括書き込みでは処理時間が長くなる傾向があります。UFSではWrite Boosterなどの機能を活用することで更新時間を短縮しやすく、システム停止時間の低減やユーザー利便性の向上につながります。
カメラやセンサーからの大量データを扱うADAS関連ECUやゲートウェイ
UFSの高帯域・高並列性が大きなメリットとなります。ログデータや認識結果の書き込み、解析処理に伴うランダムアクセスが重なるような用途では、eMMCではボトルネックとなる場面があり、UFSを選択することでシステム全体に余裕を持たせることができます。
このように、ストレージ選定では単純な性能比較だけでなく、ECUが何をどのように扱うかを整理することが重要です。コストや設計容易性を重視する場合はeMMC、高速起動や将来拡張性、ユーザー体感を重視する場合はUFS、といった考え方を基本に、ECUの要件に最も合った方式を選定することが、安定したシステム設計につながります。
まとめ
eMMCとUFSはどちらもJEDEC標準に基づく組込みストレージですが、適した用途は異なります。eMMCはシンプルな構成とコストバランスに優れ、アクセスが比較的単純なECUに適しています。一方、UFSは高速性と高い並列処理性能を備え、起動時間や操作レスポンスが重視されるECUで効果を発揮します。
車載ECUのストレージ選定では、起動時間、アクセスパターン、OTA更新頻度、書き込み耐久(TBW)、将来拡張性を踏まえて判断することが重要です。用途に応じてeMMCとUFSを使い分けることで、最適なシステム設計につながります。
当社では、ECUの用途やアクセス特性、信頼性要件を踏まえたストレージ方式・容量・世代の選定についてもご相談を承っています。ストレージ選定でお悩みの際は、お気軽にお問い合わせください。
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