近年IoTの普及に伴い、Bluetoothなどの近距離無線ではカバーできない長距離通信と長時間駆動を両立する通信技術であるセルラーLPWA(Low Power Wide Area)が注目されています。本記事では、これからLPWA通信技術を勉強する方向けに、セルラーLPWAの通信規格の中から代表的なLTE-MとNB-IoT規格の技術的特徴を解説します。この記事を読めば、低消費電力を実現するための省電力技術や通信制御の仕組みを理解できます。
LPWAの概要
LPWAとは
LPWAとは、通信機器が一度に送信できるデータ量を少なくすることで、低消費電力と長距離通信を実現するIoTのための無線通信です。LPWAを使用することで、通信インフラが十分に整備されていない郊外においてもIoT機器のネットワークが接続できます。
LPWAの5つの特徴
以下のLPWAの主な5つの特徴を紹介します。
1)
低消費電力
通信に狭帯域を使用することで送受信に必要な電力量を抑え、非通信時に通信機器をスリープ状態にすることで低消費電力を実現します。電池駆動のIoT機器では、通信データ量及び通信頻度を適切にコントロールすることで長時間駆動が可能です。
2) 長距離通信
LPWAの通信距離は数10mから10km以上にわたるため、広域をカバーできます。
LPWAは長距離通信を実現するための特徴:
- 電波の送受信に狭帯域を使用して他の通信からの干渉を最小限に抑えます。
- メッセージの送信回数を減らすために単純化した通信プロトコルを採用しています。
3) 低速通信
LPWAは比較的遅い通信速度を採用しており、100bps程度から数100kbps程度です。
IoT機器で計測するセンサーデータのような、定期的で少量のデータ送信や遠隔地を監視するアプリケーションに適しています。その反面、リアルタイム性の高いデータ通信や大容量のデータ送信が求められるアプリケーションには向いていません。
4) 低コスト
LPWAは余分な機能を削っているため、通信機器の初期コストを抑えられます。さらに通信データ量が少ないため、従来の通信機器に比べ通信コストも抑えられます。
5) 複数機器の同時接続
LPWAは同一エリアに複数のIoT機器を安定して接続できます。
同時に同一エリアにアクセスが集中するとネットワークの輻輳により、通信機器の処理待ちやパケットロスが発生することで、通信速度が低下します。LPWAでは通信頻度を制限することで処理待ちを抑え、狭帯域を使用することでパケットロスを抑えます。
LPWAの種類と主な規格
LPWAの通信規格は、無線局の免許・登録が必要なライセンスバンドとこれらが必要ないアンライセンスバンドで大別され、周波数帯や通信速度、通信範囲によって以下の表1のように分類されています。
免許が必要な周波数帯であるライセンスバンドはCat. M1とNB-IoTの2種類です。
表1. LPWAの通信規格
種類 | 規格名 | 周波数帯 | 通信速度 | 通信範囲 |
---|---|---|---|---|
ライセンス バンド | Cat. M1 | 700M~3.5GHz | 300k~1Mbps | 約10km |
NB-IoT | 700M~3.5GHz | 27k~63kbps | 約30km | |
アン ライセンス バンド | ZETA | 920MHz | 300/600/2.4kbps | 約2~10km |
Sigfox | 920MHz | 100bps | 約50km | |
LoRaWAN | 920M~928MHz | 250kbps | 約15km | |
ELTRES | 920MHz | 80bps | 約100km | |
Wi-SUN | 920MHz | 50~300kbps | 約3km | |
Wi-Fi HaLow | 920MHz | 700kbps | 約1km |
ライセンスバンドを使用したIoT機器の通信の流れのイメージを図1に示します。

図1. ライセンスバンド(セルラーLPWA)を使用したIoT機器
LTE Cat. M1の通信技術
LTE Cat. M1とは
LPWAの通信規格でライセンスバンドの一つであるCat. M1は、3GPP規格で通称eMTC(enhanced Machine Type
Communication)と呼ばれており、IoT機器が通信することを想定した規格となります。Cat. M1は既存のLTE通信網を利用できるため、広範囲での通信が可能となります。
日本国内でCat. M1のサービスを展開しているキャリアは、NTTドコモ、KDDI、ソフトバンク、楽天モバイルです。
Cat. M1の通信速度は300kbpsから1Mbpsとなります。例えばNTTドコモのLTE-Mでの最大通信速度は下り300kbps、上り375kbpsとなります。
音声通信/SMSとハンドオーバーに対応
Cat. M1ではVoLTEの音声通信およびSMSに対応しています。また通信機器が接続を維持したまま電波強度の強い基地局に切り替えるハンドオーバーに対応しているため、移動用IoT機器としても利用が可能となります。
カバレッジ拡張
同一信号を繰り返し送信することで、特にSN比の悪い環境でもカバレッジ拡張を実現しています。同一周波数を使用するのではなく、周波数ホッピングを利用して一つのLTE送受信帯の中に複数の周波数で再送することで、カバレッジを改善しています。
2つの低消費電力モード
Cat. M1では以下2つの省電力モードがあります。
<eDRX(extended Discontinuous Reception)>
セルラー通信では、端末がデータを受信しない待ち受け(DRX: Discontinuous
Reception)時に無線通信機能を停止することで電力消費を低減します。
従来のLTE通信でのDRX受信間隔は1.28秒または2.56秒でしたが、LPWAのeDRX受信間隔(eDRX
cycle)は最大43分に拡張が可能です。一般的に使用されるeDRX受信間隔は81.92秒ですが、それでも通常の待機電力より最大90%程度削減できます。このeDRX受信間隔は通信機器側が基地局へ要求し、基地局が時間を定義します。また通信機器は一定間隔で基地局からの情報を受信するため、外部からの呼び出しおよびIoT機器からの起動によりデータ通信が可能となります。
eDRX動作時の各動作における消費電流を図2に、PTWを4(回)に設定したときの動作を図3に示します。

TAU: Tracking area updateは端末が移動して現在のTracking area(TA)から別のTAに移動した時に基地局へ位置登録を更新する処理
データ送受信: 端末がデータを送信・受信する
キャリブレーション: データ送受信後通信機器は10分間30秒ごとにPaging受信を行なった後、eDRX /Hibernateに移行する
eDRX /Hibernate: 待機中の省電力(Sleep状態)モードで消費電流は数μAとなる
PTW: Paging Time
WindowでeDRX受信間隔にしたがって基地局からのPaging受信を試みる。外部からの呼び起こしが発生した場合はこのタイミングでメッセージがあることが通知され、通信機器は起動してデータ送受信する
図2ではPTWが1回のように見えますが、実際は図3のように複数回実施される
eDRX cycle:
eDRX受信間隔。3GPPで定義されているATコマンドのAT+CEDRXSコマンドを使用して通信機器が基地局へ受信間隔を要求し、基地局からの応答でeDRX受信間隔を決定する
<PSM(Power Save Mode)>
セルラー通信はDRX・eDRX受信間隔に従って基地局からのPaging受信を試みますが、PSMでは基地局からのPaging受信を実施せず、無線通信機能を完全に停止することにより電力消費を大幅に低減します。
そのため、外部からの呼び起こしはできません。
図4にPSM動作時の各動作における消費電流を示します。

図4. PSMの動作
TAU: Tracking area updateは端末が移動して現在のTracking area(TA)から別のTAに移動した時に基地局へ位置登録を更新する処理
データ送信: 端末がデータを送信する
アクティブ時間(T3324):データ送信後、ネットワークからのデータ受信待ち時間。時間が終了すると再びPSMに移行する
周期的トラッキングエリア更新(T3412): TAUを実施するための周期更新時間
PSM /Hibernate: 待機中の省電力(Sleep状態)モードで消費電流は数μAとなる。基地局からPagingを受信しないため、外部からの呼び起こしはできない
新しい拡張機能 Cat. M2
Cat. M2はeMTCの拡張としてfeMTC(fuether enhancement
MTC)が実装され、帯域幅を上り5MHz、下り5MHz/20MHzを追加することで通信速度を向上します。
また、一対複数の通信が可能となるマルチキャストが追加される予定となります。
LTE NB-IoTの通信技術
LTE NB-IoTとは
LPWAの通信規格でライセンスバンドの一つであるNB-IoTはNarrow Band Internet of
Thingsの略称で、多数の端末のネットワーク接続を低消費電力で実現する技術となります。
日本国内でNB-IoTを提供しているキャリアはソフトバンク、楽天モバイルです。NTTドコモは2020年3月でサービスを終了しました。
NB-IoTの通信速度は上り63kbps、下り27kbpsとなります。
音声通信/SMSとハンドオーバーには非対応
NB-IoTは音声通話およびSMSは対応しておらず、低消費電力で帯域幅を必要としないシンプルなアプリケーションに適しています。
通信機器が接続を維持したまま電波強度の強い基地局に切り替えるハンドオーバーにも対応していないため、NB-IoTは固定されたIoT機器に向いています。
カバレッジ拡張
Cat. M1と同様に繰り返し送信することでSN比の悪い環境でもカバレッジ拡張を実現しています。また、狭周波帯を使用することでさらに長距離通信が可能となります。
2つの低消費電力モード
Cat. Cat. M1と同様にeDRXとPSMの2つの省電力モードがあります。
技術解説:リソースブロックとガードバンド
周波数帯域利用(リソースブロック)
LTE通信では5/10/15/20MHzといった帯域幅を使用しますが、OFDMA(直行周波数分割多元接続)によりその帯域幅を180kHzごとに細かく分割して複数の信号を並列に通信できる仕組みとなっています。これらをリソースブロックと呼び、各通信規格が使用するリソースブロック数によって通信速度と省電力性が決まります。
- 通常のLTEではリソースブロックを全て使用して高速に通信しています。
- Cat. M1ではリソースブロックを6個使用して通信しています。
-
NB-IoTではリソースブロックを1個分使用して通信しています。
そのため、低速通信となりますが、最も低消費電力となります。
図5にLTEの通信規格でのリソースブロックの使い方を示します。

図5. リソースブロックの使い方
NB-IoTのガードバンド利用
ガードバンドは使用帯域以外に影響を与えないために、使用帯域の両端に設ける通信しない周波数帯域です。通常はデータ通信では使用できないガードバンドですが、図6のようにNB-IoTでは使用できます。
そのため、他LTEの通信規格と競合せずに通信できます。

図6. ガードバンドの使用イメージ
まとめ
本記事ではセルラーLPWAの概要と、低消費電力および長距離通信を実現するための通信技術を解説しました。
セルラーLPWA通信技術の理解を深めるためには、通信機器に触れ、各通信技術を体験することが重要となります。
今後、LPWA通信機器を動かし方や、評価の方法などのコラム掲載を予定しています。ご期待ください。
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