車載トラクションインバータをはじめとする大電力スイッチング回路ではチャージポンプ回路やゲートドライバ内のDESAT検出回路にダイオードが不可欠です。ところが、この部分に平均消費電力では目立たない逆回復損失が潜み、量産後に突然の破壊を招くことがあります。本記事では、ダイオードの逆回復動作原理と損失メカニズム、設計上の注意点や評価方法などを順に解説し、トラブルの未然防止につながる指標を示します。
大電力スイッチング回路で起きる“見えない”リスク
大電力インバータに不可欠な回路として、スイッチ素子を異常損失から保護するDESAT回路と、NチャンネルMOSFETに必要なゲート電圧を生成するチャージポンプ回路が広く使われています。
どちらもダイオードを用いますが、逆回復動作に起因した瞬間的な大電流が流れるため、平均消費電力の指標では判断しづらい以下「理由」による破壊リスクが潜みます。
- 平均消費電力が小さいため、逆回復損失が異常でもインバータ回路の効率や入力電流に影響が出にくい
- 逆回復特性に対する定格は仕様書に明記されない場合があり、設計段階で見逃されやすい
- 「スイッチング用途のダイオードなら問題ない」という誤解が根強い
このため、ダイオード逆回復損失の発生原理と、安全性を確認する根拠を正しく理解することが重要です。
DESAT、チャージポンプが含まれる回路図例
逆回復の原理と損失メカニズム
ダイオードが順方向で導通している間(下図ton)、デバイス内部にはキャリアが蓄積されています。ここにダイオードに逆電圧(下図の赤波形)を印可して電流を遮断するとき、導通中にダイオード全域に充電されていた電荷を除去するために逆回復電流(下図の青波形)が流れます。この現象を逆回復動作と呼びます。
ダイオードの逆回復動作イメージ
高速スイッチングでは逆回復動作が完了する前に逆電圧の立ち上がり、逆電圧×逆回復電流の重なりとして逆回復損失が発生します。逆回復特性は逆回復時間 trr、逆回復電流 Irrとして与えられますが、逆回復特性は電流・電荷に関するSPECであり、電圧の立ち上げ・立ち下げの値と混同しない事が重要です。
ゲートドライバで逆回復が問題になる具体的な場面
DESAT検出では、急峻な電圧変化に合わせてダイオードへ損失が集中します。チャージポンプでは、スイッチング周波数に応じて逆回復の繰り返しが起こり、平均消費電力は小さくても瞬時のピークが熱ストレスや過電流のトリガになります。これらはいずれも、“見えない”損失が長期信頼性を脅かす典型例です。
逆回復損失の見積もり
逆回復特性は、ダイオードメーカーによって逆回復電荷量Qrr、逆回復時間trr、逆回復電流Irrなどさまざまな形で表記されます。これらの関係式による損失の最大値は下記簡易式通りとなりますので、これらを使ってダイオード損失の初期値を求めるのが推奨です。
- 逆回復損失[W] = 最大電圧[V] x逆回復電荷[C] xスイッチング周波数[Hz]
- 逆回復電荷[C] = 逆回復電流[A] x逆回復時間[s]
計算例
インバータ回路:最大バス電圧Vmax = 600V, スイッチング周波数f = 20kHz
ダイオード:trr = 150ns, Irr =
3A
上記を検討すると逆回復損失は下記のように計算され、結果5.4Wになります。
- 逆回復電荷 Qrr = Irr × trr = 3A × 150ns = 450nC
- 1回の損失エネルギー E = Vmax × Qrr = 600V × 450nC = 0.27mJ
- 平均逆回復損失 Prr = 0.27mJ × 20kHz = 5.4W
この「平均5.4 W」は、ダイオード単体にとっては決して小さくありません。熱容量や放熱条件、波形のピーク形状次第で、瞬時のストレスが破壊要因になり得ます。
ダイオード選定の重要性
チャージポンプやDESAT用途には、Fast Recovery
Diode(FRD)や、SiCダイオードの採用が有力候補となります。汎用整流ダイオードはそもそもスイッチング用途を前提としていないため、逆回復の仕様が十分に開示されていない場合が多く、設計段階での安全マージンを確保しにくいからです。
FRDでも用途によっては逆回復時間が十分でない場合があります。Qrr が小さく、温度や di/dt
依存性が穏やかな品種を選び、実条件での波形確認まで一連で行うことが重要です。SiCは少数キャリア蓄積を伴わない構造によりQrr が極めて小さいため、高速スイッチングでの逆回復損失低減に有利ですが、まだ流通価格が高いことがネックです。
下表に類似SPECで種類が違うダイオードを特性の違いがわかるように並べました(これらがDESATやチャージポンプに適するという意味ではありません)。このように、ダイオードの種類によってQrrの値は全く異なります。また参考データとしてCjも記載しましたが、Cjは静的な接合部のみの容量であり、ダイオード全体のQrrとはまた別のSPECですのでご注意ください。
| 型番 | ダイオード種別 | 定格電流 [A] | 耐圧 [V] | 逆回復時間 trr | 逆回復電荷 Qrr | 接合容量 Cj | 順方向電圧 VF [V] |
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1Nxxxx | 汎用 | 3 | 1000 | 約 2~3 μs | 数百 nC~μC | 500 pF | 1.1 |
| Exxx | FRD | 3 | 600 | 35 ns | 約 30~50 nC | 60 pF | 1.7 |
| C3Dxxxxxx | SiC | 6 | 600 | <20 ns | ~5 nC | 30 pF | 1.35 |
類似サイズのダイオード比較表
評価と確認の進め方
逆回復特性は条件によって特性値が若干変わるため、帯域200MHz超のオシロスコープに、高速応答できる電流プローブと差動電電圧プローブを用いて逆回復波形を観測します。対象のゲートドライバ基板で、負荷条件とスイッチング周波数を実使用に揃え、trr 区間の電圧と電流の重なりを捉えます。温度は最高温度のみでなく、瞬時定格電流耐量を超える可能性があるため最低温度でも測定必要です。さらにスイッチングのdi/dt を変えて、最悪条件での Prr を推定し、熱設計上の余裕を評価します。これにより、仕様書だけでは分からない実波形由来のリスクを早期に把握できます。
まとめ
今回の記事で解説した通り、逆回復動作では瞬間的な大電力がダイオードに集中する可能性があります。平均損失だけを見ていると見逃しやすく、電流波形を観測しないと気づかないので、落とし穴になりやすいです。ゲートドライバ用途では、適切な品種選定と実波形に基づく評価を標準フローに組み込み、設計チェックリストへQrr・trr の確認項目の追加を推奨します。これが、量産後の不具合を未然に防ぐ確実な方法です。ご不明な点があればお気軽にお問い合わせください。
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