5G RedCap (Reduced Capability)は、IoTデバイスや産業機器向けに設計された新しい5G規格で、5Gの高性能な通信を低コストかつ省電力で実現できます。本記事では、5G RedCapの技術概要とその活用事例をわかりやすく解説し、技術導入の検討におけるポイントを紹介します。
5G RedCapの概要
5G RedCapは、第5世代移動通信(5G)が持つ「高速通信」「低遅延」「多数同時接続」といった特長を一部簡素化し、IoT機器向けに低消費電力化と低コスト化を実現する通信規格です。
この仕様は、2022年6月に3GPPリリース17で正式に策定されました。
5G RedCapが策定された背景には、ウェアラブルデバイスやハイエンドIoTアプリケーション向けに、従来よりもシンプルなNRデバイスを定義し、NB-IoTやLTE-MといったLPWA(Low Power Wide Area)技術よりも高速なデータ伝送を可能にするという狙いがあります。
5G RedCapの通信速度と消費電力は、5G NR通信とNB-IoTと LTE-Mとの間に位置します。具体的には、上り(UL: Up Link) 約50Mbps, 下り(DL: Down Link) 約150Mbpsを実現します。
※NB-IoTとLTE-Mの詳細については関連情報の「セルラーLPWAの概要と低消費電力を実現する通信技術を解説」をご参照下さい。
5G RedCapの位置づけ
5G RedCapと他技術の比較
5G RedCapとNB-IoT、LTE-M、5GNRの特徴を比較したものを以下の表に示します。
5G RedCapとNB-IoT、LTE-M、5GNRとの特徴比較表
項目 | NB-IoT | LTE-M | RedCap | 5G NR |
---|---|---|---|---|
最大UL速度* | 62kbps | 1Mbps | 50Mbps | 数Gbps |
最大DL速度* | 26kbps | 1Mbps | 150Mbps | 数Gbps |
通信遅延 | 数ms | 数ms | 数ms | 1ms以下 |
消費電力** | 低 | 低 | 中 | 高 |
使用帯域幅 | 200kHz以下 | 1.4MHz | 20MHz | 100MHz*** |
使用ネットワーク | LTE | LTE | 5G | 5G |
コスト**** | 低 | 低 | 中 | 高 |
* 速度:理論値
** 消費電力:相対表記
*** 帯域:5G NR(Sub-6)を想定
**** コスト:相対表記
低消費電力と低コストを実現する5G RedCapの4つの特徴
低消費電力かつ低コストな通信を実現するために、5G RedCapは主に次の4つの技術を採用しています。
1. 使用帯域幅の削減
2. 受信間隔DRXの拡張(eDRX)
3. 送受信タイミング分離 (Half Duplex FDD)
4. 受信機能の削減(アンテナ/CA非対応)
1. 使用帯域幅の削減
5G NRの使用帯域幅が最大100MHzなのに対して、5G RedCapは20MHzに設定されています。
使用帯域幅を狭めることで、端末のRF回路やベースバンド処理が簡素化され、消費電力の低減とコスト削減が可能になりました。
5G RedCapと5G NRの使用帯域幅比較
2. 受信間隔DRXの拡張(eDRX)
5G NRでは、受信時の電力消費を抑えるためにDRX (Discontinuous Reception)を採用しています。DRXでは、消費電流を抑えつつリアルタイム性が必要なアプリケーションに対応するために、端末は受信とスリープを一定周期で繰り返します。DRXのスリープ間隔は最大2.56秒ですが、5G RedCapが採用するeDRX(extended DRX)は、この間隔を最大2.91時間まで拡張しました。スリープ時間の拡張により、受信処理が大幅に削減され、より低消費電力での動作が可能になりました。
5G RedCapのeDRXと5G NR DRXのスリープ間隔の比較較
3. 送受信タイミング分離 (Half Duplex FDD)
5G NRは、高速かつ低遅延通信を実現するために、送信と受信を異なる周波数で同時に行うFDD(Frequency Division Duplex)方式を採用しています。
一方、5G RedCapはHD-FDD(Half Duplex FDD)を採用し、送信と受信を時間的に分離することで、RF構成を簡素化し、低消費電力と低コスト化を実現しました。
5G RedCapと5G NRの送受信タイミングの違い
4. 受信機能の削減(アンテナ/CA非対応)
5G NRは高速化のために複数アンテナやキャリアアグリゲーション(CA)に対応していますが、5G RedCapではアンテナを1本に制限し、CAを非対応とすることで、RF構成をシンプル化しました。
これにより、IoTや産業機器向けに最適化された低コスト設計が可能になっています。
*CA:キャリアアグリゲーション。複数の周波数帯(キャリア)を同時に利用して、通信速度や容量を向上させる技術
5G RedCapと5GNRのCAの違い
5G RedCap導入メリット
5G RedCapを導入することで得られるメリットを以下に記載します。
- 移行性
5Gネットワークインフラを活用できるため、LTEから5Gへの段階的な移行が可能です。 - 運用性
RedCapは省電力設計であり、バッテリー駆動デバイスの運用コストを削減できます。 - セキュリティー
RedCapは5Gのセキュリティーフレームワーク(暗号化、認証、ネットワーク分離等)を利用しセキュアな通信が可能 - 接続性
5Gの大規模同時接続性能を活用でき、RedCapデバイスの大規模展開が可能です。
5G RedCap活用事例-5選
5G RedCapは、低消費電力・低コストを両立しつつ、既存セルラー基盤を活用できるため、IoTおよび産業用途での大規模展開に適しています。
ここでは、代表的な活用事例を5つ紹介します。
スマートメーター
電力や水道の遠隔検針に利用される機器。
特徴:低データレートで長時間稼働が必要なため、低消費電力性能が重要。
導入効果:低消費電力設計により、バッテリー駆動でも長期間運用が可能。5G標準の認証や暗号化により、課金情報や個人情報を扱うメーター用途に必要なセキュアな通信に対応。

ウェアラブルデバイス
スマートウォッチや健康管理機器などの小型デバイス。
特徴:バッテリー容量が限られるため、省電力性と安定した通信が必須。
導入効果:バッテリー充電頻度の低減により長期間の稼働が可能。NB-IoTやLTE-Mより高速な通信が可能なため、リアルタイム通知や音声通話、緊急アラートに対応可能。

産業用センサー
工場の環境モニタリングや設備の状態監視に使用。
特徴:安定した通信と低消費電力で、長期間の稼働を実現。
導入効果:低遅延かつ中速通信により、従来のLPWAよりもリアルタイムな状態監視や異常検知が可能。配線不要で設置自由度が高く、メンテナンスコストを削減。

スマートグリッド
街灯制御や駐車場管理など、多数のIoT端末を接続するシステム。
特徴:低コストで大規模なデバイス接続を可能にする。
導入効果:バッテリー駆動時間の延長により、現場での交換作業の削減。既存の5Gネットワークの利用で広域での同時多数接続が安定運用可能。

荷物トラッキング
物流や倉庫管理での位置情報取得や状態監視に活用。
特徴:低コスト・低消費電力で長距離通信を実現。
導入効果:既存の5Gネットワークを活用でき、都市部から郊外まで広範囲で安定した接続を確保。LPWAより高速で、位置情報+温度・湿度・衝撃などのセンサーデータを即時送信可能。

5G RedCapの対応状況と今後の展望
- 国内の現状
日本では、5G RedCapの商用サービスはまだ開始段階にあります。2025年9月、ソフトバンクがApple Watch向けに国内初のRedCap商用サービスを開始しました。これは、ウェアラブル市場でのRedCap活用の大きな一歩です。 - 海外の動向
世界では、AT&Tが2024年6月にスタンドアローン(SA)ネットワークでRedCap対応を開始しており、北米市場を中心に導入が進んでいます。今後、欧州やアジアでも同様の動きが加速すると見込まれます。 - 今後の普及要因
5G RedCap対応のチップセット、モジュール、端末の開発が進むことで、製品ラインナップが拡充し、導入コストはさらに低下する見込みです。加えて、ネットワークキャリアによる対応エリアの拡大により、運用コスト削減やサービス品質の向上が期待されます。
5G RedCapの導入を検討することで、先行優位性を確保しやすいタイミングといえます。 - 次世代技術:eRedCapの登場
2023年12月、5G RedCapよりさらに省電力化を実現する「eRedCap(enhanced RedCap)」が3GPP Release 18で策定されました。
eRedCapでは、データチャネルの帯域幅を5MHzに縮小し、通信速度もUL/DLともに理論値10Mbpsに制限。これにより、センサーネットワークや計測端末など、小容量データかつ長寿命が求められる用途に最適化されています。
今後のIoT戦略では、RedCapとeRedCapを用途に応じて使い分ける設計がカギとなります。
まとめ
5G RedCapは、既存の5Gインフラを活用しながら、通信端末の低消費電力とコスト削減を両立できる、IoTや産業機器向けの次世代通信技術です。
今後、技術の進展と市場の拡大により、スマートグリッド、産業用IoT、ウェアラブルデバイスなど、幅広い分野での活用が加速すると予想されます。
5G RedCapの導入を検討する際は、本記事で紹介したポイントを参考に、早期のPoC開発やパートナー選定を進めてください。
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