レーダー技術は、20世紀初頭に誕生して以来、軍事、航空、気象観測などの分野で重要な役割を果たしてきました。
特に近年では、ミリ波帯(30GHz~300GHz)のレーダー技術が注目を集めています。ミリ波レーダーは、短波長による高い分解能や小型化の容易さを活かし、従来のレーダー技術では実現できなかった新しいアプリケーションを可能にしています。本コラムでは、レーダー技術の基礎を振り返りながら、ミリ波レーダーの技術的な特性とその応用例について解説します。
レーダー技術の基礎と進化
レーダー(RADAR: Radio Detection and Ranging)は、電磁波を利用して物体の位置、速度、形状などを検出する技術です。基本的な動作原理は、送信された電磁波が物体に反射し、その反射波を受信して解析することにあります。以下の要素がレーダー技術の基盤を形成しています。
周波数帯域
レーダーは使用する周波数帯域によって特性が異なります。低周波数帯(VHFやUHF)は長距離伝播に優れていますが、分解能が低いのが課題です。一方、ミリ波帯は短波長のため高い分解能を提供し、物体の詳細な検出が可能です。
Doppler効果
レーダーは移動する物体の速度を検出するためにドップラー効果を利用します。これにより、動的な環境での物体追跡が可能になります。
アレイアンテナ技術
フェーズドアレイアンテナなどの技術により、ビームの方向を電子的に制御することで、リアルタイムで広範囲をスキャンすることが可能です。
これらの技術的進化により、レーダーは単なる距離測定装置から、複雑な環境認識を可能にする高度なセンサーへと進化しました。
ミリ波レーダーの特性と利点
ミリ波レーダーは、30GHz~300GHzの周波数帯を使用するレーダー技術です。この帯域の電磁波は波長が1mm~10mmと短く、以下のような特性を持っています
高い分解能
短波長により、物体の微細な形状や位置を高精度で検出可能です。これにより、従来のレーダーでは困難だった小型物体の認識が可能になります。
小型化と低コスト化
ミリ波帯のアンテナや回路は物理的に小型化が容易で、集積回路技術(RFICやMMIC)の進展により、低コストでの製造が可能になっています。
全天候性
ミリ波は霧、雨、雪などの悪天候条件下でも比較的安定した性能を発揮します。これにより、屋外環境での信頼性が向上します。
非接触性
ミリ波レーダーは非接触で物体を検出できるため、安全性や衛生面での利点があります。
ミリ波センサーのアプリケーションの詳細
1. 自動車分野(自動運転・ADAS)
自動車業界において、ミリ波レーダーは不可欠な技術となっています。特に、77GHz帯のミリ波レーダーは高い分解能を持ち、長距離検出能力に優れているため、高速道路での車両追従や障害物検出に最適です。また、車外だけでなく車室内のモニタリングにも応用が広がっており、車両の安全性や快適性を向上させるための重要な役割を果たしています。

車外での応用
- 衝突回避
ミリ波レーダーは、車両の前方にある障害物をリアルタイムで検出し、衝突のリスクを回避するためのブレーキ制御を可能にします。従来の超音波センサーやカメラでは対応が難しい悪天候や夜間の状況でも、安定した性能を発揮します。
- 車間距離維持
アダプティブクルーズコントロール(ACC)では、ミリ波レーダーが前方車両との距離を正確に測定し、適切な車間距離を維持するための速度調整を行います。
- 死角検知(Blind Spot Detection)
車両の側面や後方に設置されたミリ波レーダーは、ドライバーの視覚では確認できない死角にいる車両や障害物を検出し、車線変更時の安全性を向上させます。
- 交差点アシスト
ミリ波レーダーは、交差点での横方向から接近する車両や歩行者を検出し、衝突を防ぐための警告や制御を行います。

車室内での応用
近年、ミリ波レーダーは車室内のモニタリングシステム(ICMS: In-Cabin Monitoring System)にも利用されるようになり、車内の安全性や快適性を向上させるための重要な技術として注目されています。

- 乗員検知
ミリ波レーダーは、車内にいる乗員の有無を検出するために利用されます。特に、後部座席に取り残された子供やペットを検知し、警告を発することで、熱中症や窒息などの事故を防ぐことができます。
- ドライバーの状態モニタリング
ミリ波レーダーは、ドライバーの呼吸や心拍数を非接触で測定し、眠気や疲労、体調不良の兆候を検出することが可能です。これにより、異常が検知された場合には警告を発したり、車両の制御を行ったりすることで事故を未然に防ぎます。
- ジェスチャー操作
車内のミリ波レーダーを利用して、ドライバーや乗員が行う手の動きやジェスチャーを認識し、非接触での操作を可能にします。たとえば、手を振るだけでエアコンの温度を調整したり、オーディオの音量を変更したりすることができます。
- 乗員の姿勢検知
ミリ波レーダは、乗員の姿勢や位置をリアルタイムでモニタリングすることができます。これにより、エアバッグの展開を最適化し、衝突時の安全性を向上させることが可能です。
- 車内環境の最適化
ミリ波レーダーを利用して、乗員の体温や動きを検知し、自動的に空調やシートヒーターを調整することで、快適な車内環境を提供します。

自動運転への貢献
これらの車外および車室内でのミリ波レーダーの応用は、自動運転技術の進化においても重要な役割を果たしています。車外のセンサーは周囲環境の認識を担い、車室内のセンサーは乗員の安全と快適性を確保するためのデータを提供します。これらの技術が統合されることで、完全自動運転(レベル4・5)の実現に向けた基盤が構築されつつあります。
ミリ波レーダー(センサー)は、車両全体の「目」と「感覚器官」として機能し、車外と車内の両方で安全性と利便性を向上させる重要な役割を担っています。今後も、InCabinMonitoringSystemを含むミリ波センサー技術は、自動車のさらなる進化に貢献し続けるでしょう。
2. スマートホームとIoT
ミリ波センサーは、スマートホームやIoT(モノのインターネット)デバイスにおいても、その非接触性と高精度な検出能力を活かして広く利用されています。

- 人感センサー
60GHz帯のミリ波センサーは、部屋の中の人の動きを検出するだけでなく、微細な動き(たとえば、胸の上下運動による呼吸)や心拍数を検出することが可能です。これにより、従来の赤外線センサーやカメラでは実現できなかった高精度な人感検知が可能になります。
- エネルギー効率の向上
ミリ波センサーを利用して部屋の中の人の有無や動きを検知し、照明や空調を自動的に制御することで、エネルギー消費を最適化することができます。
- 高齢者見守りサービス
高齢者の転倒や異常な動きを検知するための見守りシステムにおいて、ミリ波センサーはプライバシーを侵害することなく、非接触での監視を実現します。特に、カメラを使わずに心拍や呼吸をモニタリングできる点が大きな利点です。
- ジェスチャー操作
ミリ波センサーを利用したジェスチャー認識技術により、家電製品やスマートデバイスを非接触で操作することが可能になります。例えば、手を振るだけでテレビの音量を調整したり、照明をオン・オフすることができます。

3. 医療とヘルスケア
医療分野では、ミリ波センサーが非接触での生体情報モニタリングを可能にする技術として注目されています。

- 心拍数・呼吸数のモニタリング
ミリ波センサーは、患者の身体に直接触れることなく、心拍数や呼吸数を高精度で測定することができます。これにより、新生児や高齢者、あるいは皮膚が敏感な患者に対しても負担の少ないモニタリングが可能です。
- 睡眠モニタリング
睡眠中の呼吸パターンや体の動きを検出することで、睡眠の質を評価するシステムが開発されています。これにより、睡眠時無呼吸症候群の早期発見や治療が可能になります。
- リハビリテーション支援
ミリ波センサーを利用して患者の動作をリアルタイムで追跡し、リハビリテーションの進捗を評価するシステムも研究されています。
- 病院内の感染リスク軽減
非接触で患者の状態をモニタリングできるため、感染症のリスクを低減しつつ、医療従事者の負担を軽減することが期待されています。

4. 産業用ロボティクス
工場や倉庫で使用される産業用ロボットにおいて、ミリ波センサーは安全性と効率性を向上させるための重要な技術です。
- 障害物検出
ミリ波センサーは、ロボットの周囲にある障害物をリアルタイムで検出し、衝突を回避するための制御を行います。特に、粉塵や煙が多い環境でも安定した性能を発揮します。
- 環境マッピング
ミリ波センサーを利用して、ロボットが作業エリアの詳細なマップを作成することができます。これにより、効率的なルート計画や作業の最適化が可能になります。
- 人との協調作業
協働ロボット(コボット)において、ミリ波センサーは人間の動きを検出し、安全な距離を保ちながら作業を行うための重要な役割を果たします。

5. セキュリティーと監視
ミリ波センサーは、セキュリティー分野でもその特性を活かして利用されています。
- ボディースキャナー
空港や公共施設で使用されるボディースキャナーは、ミリ波センサーを利用して衣服の下に隠された危険物を検出します。X線を使用しないため、人体への影響が少なく、安全性が高いのが特徴です。
- 侵入検知システム
ミリ波センサーは、建物や敷地内への不審者の侵入を検知するための監視システムに利用されています。霧や雨などの悪天候でも安定した検出が可能で、広範囲をカバーすることができます。
- プライバシー保護型監視
カメラを使用せずに動きを検知するため、プライバシーを保護しながら監視を行うことが可能です。これにより、公共空間やオフィスでの利用が進んでいます。

6. 農業と環境モニタリング
農業や環境分野においても、ミリ波センサーはその特性を活かして利用されています。
- 土壌の水分量測定
ミリ波センサーは、土壌の水分量を非接触で測定することができ、農作物の最適な灌漑タイミングを判断するために役立ちます。
- 作物の成長モニタリング
作物の高さや密度を測定することで、成長状況をリアルタイムで把握し、生産性を向上させるためのデータを提供します。
- 気象観測
ミリ波センサーは、雲や降水の観測に利用され、気象データの精度向上に貢献しています。また、災害予測や早期警報システムにも応用されています。

7. 通信技術(5G・6G)
ミリ波は、次世代通信技術である5Gおよび将来の6Gの基盤技術として重要な役割を果たしています。特に、28GHzや39GHz帯(5G)、さらには100GHzを超える周波数帯(6G)での利用が進んでいます。ミリ波の広い帯域幅を活用することで、超高速通信、低遅延、大容量のデータ伝送が可能になります。
- 超高速通信
ミリ波を利用することで、数Gbpsから数十Gbpsのデータ伝送速度を実現。これにより、高解像度の動画ストリーミングやAR/VRコンテンツのリアルタイム配信が可能になります。
- 低遅延通信
自動運転や遠隔医療など、リアルタイム性が求められるアプリケーションで、遅延を1ms以下に抑える通信を実現します。
- 高密度接続
都市部やイベント会場など、多数のデバイスが同時に接続する環境でも安定した通信を提供します。
- 6Gでの展望
6Gでは、100GHz以上の周波数帯を利用して、テラビット級の通信速度や、空間通信(衛星通信との連携)を実現することが期待されています。

技術的課題と今後の展望
ミリ波レーダーは多くの利点を持つ一方で、いくつかの技術的課題も存在します。
たとえば、高周波数帯域を利用するための回路設計や、他の通信システムとの干渉問題が挙げられます。また、データ処理の高度化に伴い、リアルタイムでの解析を可能にするためのアルゴリズムやハードウェアの最適化が求められています。
今後、5GやBeyond 5G(6G)の普及に伴い、ミリ波帯の利用がさらに拡大することが予想されます。これにより、ミリ波レーダー技術も新たな応用分野を開拓し、社会のさまざまな課題解決に貢献するでしょう。
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