IoTやウェアラブル機器の普及により、マイコンにはこれまで以上に「省電力」と「セキュリティ」の両立が求められています。
STマイクロエレクトロニクス社(以下ST社)が新たに投入したSTM32U3シリーズは、ニアスレッショルド技術と高度なセキュリティ機能を搭載し、これらの課題に真正面から応える次世代マイコンです。
本コラムでは、STM32U3のアーキテクチャや特長、活用シーンを交えながら、その魅力をわかりやすく解説します。
超低消費電力マイコン STM32U3シリーズの魅力
IoTやウェアラブル機器の普及により、マイコンには「省電力」「高性能」「セキュリティ」の3つの要素が同時に求められるようになりました。これらの機器は、バッテリー駆動で長期間安定して動作することが前提となるため、消費電力の最小化は設計上の最重要課題です。また、ネットワーク接続が前提となる現代のIoTデバイスでは、外部からの不正アクセスやデータ改ざんを防ぐための高度なセキュリティ機能も不可欠です。さらに、AI処理や複雑なセンシング、リアルタイム制御など、多様化するアプリケーションに対応するためには、従来以上の演算性能も求められています。
こうした背景のもと、ST社が新たに投入したSTM32U3シリーズは、これらの要件に加えてコスト効率などをバランスさせた、次世代の低消費電力マイコンです。
STM32U3シリーズの特徴
STM32U3シリーズは、「省電力」「高性能」「セキュリティ」という3つの主要な特長を備えています。
ここからは、それぞれの特長について詳しくご紹介します。
省電力
STM32U3は、トランジスタの動作電圧を限界まで下げることで消費電力を抑える技術「ニアスレッショルド設計」をSTM32シリーズで初めて採用し、動的消費電力を大幅に削減しています。通常動作時(RUNモード)での効率向上に加え、STOPモードでは2µA未満のスタティック消費電流を達成し、バッテリー駆動のIoT機器やウェアラブルデバイスなど、長時間の省電力動作が求められる用途に最適です。
ニアスレッショルド設計とは
ニアスレッショルド動作とは、トランジスタのゲートとソース間にしきい値(VT)付近の電圧を印加することで発生する動作のことです。多くのデバイスでは、このしきい値は約500mVです。
そのため一般的なニアスレッショルド設計では、約700mV以上のVGS(ゲート-ソース間電圧)が使われます。
また、ニアスレッショルド動作では、ゲート酸化膜の下を漏れ電流が拡散することで電流が流れるため、トランジスタ自体の動作電圧や温度に厳しい制限がかかります。多くの製品は85℃を超える温度に対応できないため、通常は産業用途ではあまり使われません。
一方、STM32U3のニアスレッショルド設計は、 ST社独自の技術と製造プロセスの最適化により、650mVというより低い電圧で動作させることが可能になっています。 このようにVGSがVTに近づくことで、VCORE(コア電圧)をさらに下げることができ、最低0.65V、標準で0.75Vの動作が可能になります。
さらに、他社製品と比べて漏れ電流が大幅に少ないため、STM32U3は最大3Vの動作電圧と105℃の動作温度に対応でき、より過酷な環境でも使用可能です。
高性能
最新のARM Cortex-M33コア(最大96MHz動作)を採用。従来のSTM32シリーズと比較して、CoreMark/mW値で5倍以上の電力効率を実現しつつ、演算性能も大幅に向上しています。これにより、消費電力を抑えながらも、複雑なアルゴリズムや多タスク処理をストレスなく実装可能です。
また、最大1MBのデュアルバンクFlashと256KBのRAMを搭載し、ファームウェアの大容量化やセキュアなOTAアップデートにも柔軟に対応、FPU(浮動小数点演算ユニット)やDSP命令セットのサポートにより、信号処理や数値計算を多用するアプリケーションでも高いパフォーマンスを発揮します。
セキュリティ
ハードウェアレベルでのセキュリティ対策を徹底し、製品の真正性・機密性・耐タンパー性を高い次元で実現しています。
Trust Zoneやハードウェア暗号化エンジン、物理的なタンパー検出機能など、IoT時代に必須となる多層的な防御機構を標準搭載しているため、開発者はアプリケーションの要件に応じて柔軟にセキュリティレベルを設計できます。
Trust zoneとは
ARM社が開発したセキュリティ技術で、1つのプロセッサー内に「セキュア(安全)」な領域と「ノーマル(通常)」な領域という2つの実行環境を作り出す仕組みです。これにより、暗号処理や認証などの機密性が高い処理をセキュア領域で行い、通常のアプリケーションはノーマル領域で実行することで、セキュリティを強化します。
両者はハードウェアレベルで分離されており、セキュア領域の情報はノーマル領域から直接アクセスできないようになっています。プロセッサーは特別なモードを使って、2つの領域を高速に切り替えることができます。
Trust Zoneは、スマートフォンの生体認証や決済機能、IoT機器のファームウェア保護、車載システムの安全制御など、さまざまな分野で活用されています。
STM32超低消費電力マイコン ULPBenchスコア
この図は、ST社の超低消費電力マイコン「STM32」シリーズを比較したものです。すべて32ビットのARM Cortex-Mコアを搭載しており、各シリーズのコアの種類、フラッシュメモリーの容量や、最小電力モード動作時の電流消費などの仕様が一覧で示されています。
性能面では、ULPBenchスコア(省電力性能)とCoreMarkスコア(処理性能)をグラフで比較しており、シリーズごとの特徴が視覚的にわかりやすく整理されています。特にSTM32U3は、Cortex-M33コアを搭載し、最大1MBのフラッシュを備えています。ULPBenchスコアは450、CoreMarkスコアは393と、低消費電力を維持しながらも十分な処理性能を発揮し、バッテリー駆動のIoT機器やセンサーノードなど、省電力と性能のバランスが求められる用途に適しています。
製品ラインナップと仕様比較
STM32U3シリーズの主な技術仕様を表にまとめました。最大1MBのデュアルバンクFlash、256KBのRAM、そして96MHz動作のArm Cortex-M33コアを搭載し、処理性能と拡張性を両立しています。全モデルで業界トップクラスの低消費電力を実現し、セキュリティ機能のTrust Zoneや高性能なFPUも標準搭載しています。
| 項目 | STM32U3シリーズ |
|---|---|
| コア | Arm Cortex-M33 |
| 動作周波数 | 96MHz |
| FPU | 〇 |
| Flash | 最大1MB |
| SRAM | 最大256KB |
| 動作電圧範囲 | 1.71V ~ 3.6V |
| 動作温度範囲 | -40℃ ~ +105℃ |
| 消費電流(RUN) | 最小10uA/MHz |
| 消費電流(STOP) | 約1.6uA |
| 消費電流(Shutdown) | 約200nA |
STM32U3シリーズの主な技術仕様
STM32U3シリーズは、主にSTM32U375とSTM32U385の2つの製品ラインで構成されています。両者の主な違いは、セキュリティ機能の搭載有無にあります。STM32U385は高度なセキュリティ機能を標準搭載している点が特長です。
表内の各略語については、下記の通りです。
- CCB:Coupling & Chaining Bridge(鍵保護機構)
- HUK:Hardware Unique Key(ハードウェア固有鍵)
- PKA:公開鍵アクセラレータ
| 製品名 | STM32U375 | STM32U385 |
|---|---|---|
| Flash | 512~1024KB | 1024KB |
| RAM | 256KB | 256KB |
| ULP COMP | 2 | 2 |
| ULP TIM | 4 | 4 |
| I3C | 〇 | 〇 |
| CCB | × | 〇 |
| HUK/PKA | × | 〇 |
| AES-128/256 | × | 〇 |
STM32U375とSTM32U385の違い
想定アプリケーションと導入メリット
STM32U3は、以下のような電力制約の厳しいアプリケーションで高価を発揮します。
ウェアラブルデバイス
心拍計や活動量計など、長時間のバッテリー駆動、小型筐体が要求される用途に最適です。STM32U3の低消費電力性能とコンパクトなパッケージが快適なユーザー体験を支えます。
ウェアラブルデバイス例
ポータブル医療機器
血糖値モニターや携帯型心電計など、医療分野でのポータブル機器においては、信頼性とセキュリティが重要です。STM32U3は、Cortex-M33とTrust Zoneによるセキュアな処理環境を提供し、医療データの安全な取り扱いを実現します。
ポータブル医療機器例
スマートメーター/環境センサー
電力・ガス・水道のスマートメーターや、温湿度・CO₂などの環境センサーでは、長期間の安定動作と低消費電力が不可欠です。STM32U3シリーズの低消費電力性が、電池交換等保守頻度の延伸に寄与します。
スマートメーター例
評価ボード
NUCLEO-U385RG-Qは、ST社の超低消費電力マイコンSTM32U385RGT6Qを搭載した評価ボードで、次世代の低電力・高セキュリティアプリケーションの開発に最適なプラットフォームです。
NUCLEO-U385RG-Q
搭載マイコン
STM32U385RGT6Q
開発環境とサポート
NUCLEO-U385RG-Qは、STM32CubeIDEやSTM32CubeMXなどのST純正ツールに対応しており、HAL/LLドライバー、ミドルウェア、セキュリティライブラリーなども豊富に提供されています。FreeRTOSやセキュアファームウェアアップデートのサンプルコードも利用可能で、開発の立ち上げをスムーズに行えます。
まとめ
STM32U3シリーズは、超低消費電力・高セキュリティ・高性能というIoTやウェアラブル機器に求められる三大要件を高次元で両立した次世代マイコンです。ニアスレッショルド技術による待機電流の大幅削減、Trust Zoneによるハードウェアレベルのセキュリティ、最大1MBのデュアルバンクFlashや256KB RAMによる拡張性と演算余裕を兼ね備えています。
今後、IoT機器の長寿命化やセキュリティ強化がますます重要となる中、STM32U3は「電池で長く、安全に、スマートに動かす」ための最適な選択肢となるでしょう。最新の製品情報や評価ボードラインナップなど、気になる情報あればぜひお気軽にお問い合わせください。






